<   2018年 01月 ( 26 )   > この月の画像一覧

 

浮上航行の中国潜水艦

いつぞや中国潜水艦が南西諸島の日本の領海越続水域を浮上通過した。
そう報道された。
確かに中国国旗を掲げた潜水艦が浮上航行している。
大方の日本国民はこれを怪しからんと憤慨した。
しかし実情はちょっと違うかもしれない。
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潜水艦がノコノコと旗を掲げて浮上航行したのではなく、
そうさせられたというのが実情ではないか。
中国側としてはまことに不本意であったのではないか。

日本は戦後、旧海軍の伝統を活かして潜水艦対策を進めてきた。
原子力潜水艦こそ持たないが、第一級の潜水艦探知能力を維持している。
海中深く潜行して誰にも悟られなく航行するのが潜水艦の本旨とすれば、
浮上航行なんてことは普通はあり得ない。
潜水艦にとって浮上は身を丸裸にされたのと同じ。
爆弾一発で撃沈されてしまう。

今回は珍しく国際ルールのとおり国旗を掲げて浮上航行した。
だがそれはそうするしかなかった。
そういう事態に追い込まれたとの可能性がある。

黙って潜って通過しようとしたら、海自の対潜機に探られ徹底的に追尾される。
終にはにっちもさっちもいかなくなり浮上せざるを得なくなった。
やむなく国旗を掲揚して一応は国際ルールに従っているふりをしている・・・・・。
そう解釈することもできる。

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by natsuman | 2018-01-31 10:03 | 艦船舟艇 | Trackback | Comments(0)  

もはや古物の一人に

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遅ればせながら早朝ラジオ体操同好会の新年会があった。
出席者は毎朝6時半には城山山頂に集まる人たち。
最近の出席数は大体22~25名くらいか。人はもう大体決まっている。
宴会の出席は20数名。まあ大体常連メンバーが顔を並べた。
昼間からの飲み喰いはいささかウンザリだがまあ賑やかに盛り上がった。
このボクもカラオケを3曲も歌った。

全員、健康優良老人である。60歳台では若い方。長老は80歳半ば。
ボクが始めたのは退職前から。だから少なくとも20年以上は経つ。
それが今年79歳。始めた頃にいた顔で今も見る方は一人しかいない。
歳の順ではもう古老の口である。

昨年一番参加した人は365回という。一日も休まずである。
一年となれば雨も降れば風も吹く。台風もある。
それを平然と乗り越えて毎日の城山登山。こいつは恐れ入谷の鬼子母神だわ!
但しこの御仁、出席率はまことに優秀だが授業態度が宜しくない。
体操が実にいい加減である。
まともに体操をしているのを見たことがない。(笑)
因みにボクは270日。温泉に行ってる分、約1ヶ月が抜けている。
後は何故か気が乗らない日や雨降りの日。
今年も同じようなものだろう。
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by natsuman | 2018-01-30 08:10 | 健康保全 | Trackback | Comments(0)  

真珠湾攻撃、開戦の裏表

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70数年前、世界は欧州と太平洋の二方面で戦争が始まった。
アメリカは孤立主義で繁栄し、国民は欧州の戦争に無関心だった。
大統領は戦争に参加したかった。
が攻撃された場合以外、戦争に走ってはいけないというルールがあった。

そこでルーズベルトは日本に開戦を仕向けた。
しかも先手を打たせるよう企んだ。巧妙なわなだった。

見事日本は誘い込まれ、真珠湾を攻撃した。
アメリカ国民真珠湾を忘れるなと一気に戦争ムードに走る。
してやったりとは大統領。
これで欧州の戦場に次々と兵を送り込めるようになった。
それが歴史の真実だ。

それを大発見かと思わせるような記事が朝刊にあった。
朝日はまだそんなことを書くのか。

巧妙な外交政策、豊富な資源、高度な工業技術力。
どれをとってもアメリカは日本が太刀打ち出来る相手ではなかった。
身の程知らずに夜郎自大を演じ続け、
結果、日本は歴史始まって以来の大鉄槌を受ける。


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by natsuman | 2018-01-29 10:20 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

お入り下さい

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なぜ「下さい」と云わないのか。云えないのか。
「お入り下さい」、「お受け取り下さい」
「お帰り下さい」と例を挙げるまでもなく、
「下さい」は、いただきたい、頂戴したいなど、
相手に事物を請い求める意を表すときに使うことばだ。
元は「くださる」の命令形「くだされ」の口語形とも広辞苑にはある。
軍隊なら「入れ!」てなわけだ。

それが「~してもらっていいですか」に代わってしまった。
それでは老人には何のことか分からない。
やむなく「ああいいですよ」なんて返答してしまう。
行動を促しているなんて、これっぽっちも思っていない。
じっと次の投げかけを待つことになる。
云った方は怪訝だ。云われた方も怪訝だ。
会話が通じない。

思えば若い人の会話から「下さい」が消えた感がある。
原因に敬語の混乱があるのだろう。
直截的で乱暴なことばがややもすれば飛び交いがちな青少年も、
やがて社会に出ればときに丁寧な物言いが必要になる。
しかしことばに対する教養が無い。
そこにある種の誤解が生まれてくる。

得てして受動的な言い回しにする。
それでもって丁寧な言い回しだと誤解する。

受動態は一見言葉遣いに柔らかさを感じる。
その一方、語りかける意思の曖昧さ・弱さも伴う。
ある主「忖度」が必要な世界かもしれない。
その分、意思の伝達力が弱くなる。
要ははっきりしないのだ。

「入ってもらっていいですか」と看護婦さんが手招きした。
手招きしたから、これは入れとのことと理解出来る。
だが「もらって」が分からない。
「お入り下さい」の一言でいいのだ。

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by natsuman | 2018-01-28 09:47 | 言葉談義 | Trackback | Comments(0)  

どこから噴出したか

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白根山噴火。どこから噴出したか。
一番興味のあることなのだが、
一向にそれらしい説明がない。
google earthであちこち探ってみる。
左旧火山の山体斜面か、あるいはこの枯れ沢沿いか。
いくつかの動画を本に、
方向を辿るとこのあたりになる。
もしかしたもう少し左か。
早く場所特定をして欲しい。
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by natsuman | 2018-01-27 10:00 | 事故災害 | Trackback | Comments(0)  

作文の時間

文が長すぎる。しかも中身がない。
そういうのを冗長に過ぎるという。

今どき長い文は流行らない。
ツイッターもラインも短くて済むのが売り。
それと同じでブログも短いのが宜しい時代だ。

でも短ければ良いというものでもない。
短すぎて稚拙に走ってはならないし、
日本語の使い方がおかしかったり、
ましてやてにをはや変換を誤ったままでは、
肝心の主様の意趣が伝わらないい。

文は出切るだけ丁寧にと心がけたい。起承転結も心得たい。
でもそれがつい長くなる理由にもなる。
ましてことばを選び、略称略語を敬遠すれば、
若者のように「あけおめ」とは行かない。
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でもいい。毎日のように何かしら書くことがいい。
少なくともその間、没頭出来る。
「読んでもらうため」ではない。「投稿するため」にだ。



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by natsuman | 2018-01-26 14:13 | このブログ | Trackback | Comments(0)  

本白根爆発、噴火か

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白根山の突如の噴火。現地にいたスキーヤーはさぞかし驚いたろう。
もちろん私も驚いた。
スキーコースに降り注ぐは噴石か。動画では随所に落石による雪煙が上がっている。
合間に人が見える。死ぬかもしれないと思ったろう。
同じその現場に陸自の隊員がいた。スキー訓練に励んでいた。
それを直撃。亡くなった自衛隊員はまことにお気の毒。
そうしか云いようがない。 
隊は日頃、災害などの際、救助に当たる人たちだそうな。
ミイラ取りがミイラになってしまった。合掌!

白根山は何度も行ってる。夏も冬も曽遊の地だ。
景色を見ればどこからどこを撮っているか大体分かる。
それだけにテレビスタジオの説明には当初からおかしいと気がついた。
方角からして白根山ではない。これは元白根の方だと。
元白根は地形的に火山らしい旧跡があちこちにある。
鏡池などは旧火口に水が貯まったもの。
こちらの方が噴火の可能性がある。
とはいえ旧火口が再び噴火することはまずない。
富士山と宝永火口のようなものだ。

草津町は頭を抱えてるだろう。スキーの盛りを迎えたこの時期にこの騒ぎでは。
ではこの際、応援のため一風呂浴びにでも行くか・・・・。(笑)

御嶽山噴火の時も驚いた。
あの時は飛行機の上にいた。
席が右側の窓際だった。眼下の景色が良く見えた。
富士山、南アルプス、中央アルプスに続いて御嶽山が手に取るようだった。
熊本の空港に着いてニュースを知った。御嶽山が噴火したと。
ああ、もうちょっと早ければ、いや遅ければか。
噴火の様子が機上からもろに見えただろうにと悔しがった。
被害者が多数出たことはその時まだ知らなかった。

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by natsuman | 2018-01-25 10:39 | 事故災害 | Trackback | Comments(0)  

猟師か、このブロンズ像

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先日、秋田県の横手市、増田町で「内蔵」を見学した。
以前、一通り見て、その豪勢な造りに驚いたものだった。
蔵造りだから、どこも太いケヤキの柱が周囲にびっしりと立ち、
重い土蔵の壁と屋根を支えている。
さすがに左右側面からの採光は無理だが、前後には大きめの開口がある。
開け放てば前面から後方の庭が見通せる。
増田は商人の町。内外の物流の十字路にあたり商業が勃興。
土蔵があるのはその商人の家。店先は狭く、敷地は細く長い。
奥行きがやたらある。50mは軽くあるだろう。
それでいて表からはそんなものがあるようには見えない。
藏は人目を避けて潜んでいる。
土蔵とはいえ仕上げや意匠は素晴らしい。
金に飽かせて造った当時の商人の意気地が偲ばれる。
中には柱という柱、梁という梁、全てが漆塗り。
外回りは左官技術の極地のようなものもある。
床は畳を敷き、床の間を設け、一級のお座敷になっている藏もある。
ここで婚礼その他、祝儀に利用するのが各家の誇りらしい。

内蔵は今もそれぞれお宅の生活空間の中にある。
拝見するには生活の場に踏み込まなければならない。
それだけに町の人たちさへ良くは知らなかった。
それに気がついたのもまだ数年しか経っていないという。

一歩店へ入ると裏へ続く通路の脇に井戸があり台所がある。
片側には普段使っている部屋が並ぶ。
天井はやたら高く座敷の旁らは土間。冬はさぞかし良く冷えるだろう。
表からでは想像しにくい。しかし一歩足を入れて驚く。
店の奥にまるで銀行の大金庫みたいな内藏があるのだ。

以前(2012年9月)、元カメラ屋だった佐藤又六さんのお宅を拝見した。
裏へと歩を進め奥座敷の脇を通る時、窓際にふと目が行った。
火縄銃片手のブロンズ像がある。オッ、これはなんだ。良いねえ! 
雰囲気あるじゃないか。失礼!と奥様に声を掛けて飾り窓のそばへ行った。
いやいや、これは良い。良いですねえ。心底そう思った。
その時は鉄砲を手にした武士と睨んだ。
今新ためて写真を見るとどうもそうではない。
ちょんまげを結った幕末か明治初期の町民か農民風である。
この地特有のマタギなら衣装や持ち物が違う。
手にしている鉄砲も火縄銃ではない。良く見れば管打ち式。洋式銃にも見える。
皺を深く刻んだ像の顔は日本人そのもの。筒袖にたっつけ袴。
脚は脚絆を巻き、わらじばきないしはわら靴様のもの履いている。
背には傘を負い、腰蓑姿。典型的な猟師スタイル。
だが職業猟師にしては少々洗練され過ぎている。
もしかしたら当時上流階級の町民か商人かもしれない。
新式の管撃ち銃が何かを語りかけている。
趣味として狩猟を楽しむ人の姿を写し取ったと考えられなくもない。
何れにしても雰囲気がまことに良い。古式銃射手としては垂涎の的である。

なおこれはどういう意図で造られたか知らないが、明らかにブロンズ像。
とすると像の作成はもっと後。もしかしたら明治も後半かもしれない。
もしかしたらまだ外に同じ像が日本のどこかにあるかも知れない。
作者は誰か。時代はと思いが意図色と頭をよぎる。
(この像に関して何か知っている方、ぜひコンタクトをお願いします)

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by natsuman | 2018-01-24 08:58 | 射撃砲術 | Trackback | Comments(0)  

紅梅が咲いていた

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寒暖続く中、ようよう春の兆しが見え始めたかと思ったものの、
南岸低気圧の影響で東京は大雪。そして大混乱。
それにしても高々10cmの積雪でね。
さて
暗闇の中で気がつかなかったのだが、
毎日ストレッチを行う梅園のベンチの上の
紅梅がこのとおり。
暗い中に紅色というのは闇に溶けて以外に色が見えない。
カメラで撮って画像を見て、オッなんだ咲いてるじゃないかとなった。
灯台元暗しとはこのこと。
低気圧さって晴天下と期待したものの日が出るかどうか。
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by natsuman | 2018-01-23 14:57 | 季節折々 | Trackback | Comments(0)  

経木に竹の皮

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今ではもう殆ど見かけなくなったが経木というものをご存じだろうか。
木を薄く削いだ、というよりは木を鉋で削り剥がした薄い木の皮様のものである。
これを書いていて、実は今の人にこれをどう説明したらいいのか悩んだ。
経木としか云いようがないからだ。今の若者にはもう死語かも知れない。
昔はこれで食品の多くを包んだ。例えば納豆。
朝早く住宅街に自転車で納豆売りが来る時代があった。
その折、三角に包んだ納豆の旁らに黄色い辛子をべタっと塗りつけて渡された。
その辛子の香りが今も鼻の奥に残っている。
そればかりではない。家庭のお総菜を買うと大概この経木に包んで渡されたのだ。
佃煮だとか、煮豆だとか、コロッケも。
思えばこの経木で包装の多くを賄っていた時代の方が地球に優しかった気がする。
よりエコロジカルだったのだ。
まだ今のようにプラ製品が氾濫する前のことである。

この経木、鶯宿温泉の宿の土産売り場にあった。
何枚入りだったか覚えていないが、確か500円だったような気がする。
かって盛んに利用されていたこの便利な包装用品。
もう実用品の時代ではなくなった。
それがなんと郷愁のお土産に生まれ変わったというわけ。
でも買う人はさすがにいなかった。

似たようなものがもう一つある。竹の皮だ。
いつぞや何かの包みにこれが使われていた。
何だったかは忘れたが、馬鹿に郷愁を覚えたものだった。
思わず、この次、何かの機会に、おむすびを包むのに使おう。
そっと引き出しにしまった。
まだどこかにある。

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by natsuman | 2018-01-22 08:31 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)