カテゴリ:暮らし( 622 )

 

最低限度はどん底

d0013739_11313897.pngわが国の憲法第25条には、
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。これをもって生活保護費の減額に対して憲法違反だと訴訟があった。ただここで問題視したいのは生活保護費の減額ではない。憲法違反だと騒ぐことでもない。憲法の条文にある最低限度の云々の意味である。昔からこの表現に引っかかるのだ。

健康で文化的なのはいい。だが最低限度とは。それが国民として、政府として望ましいことか。
誰だって少しでも良い暮らしをしたいと願っている。そう思って努力して良い暮らしを手に入れた方もある。
一方、何が悪かったか、努力をしなかったか。いつしか生活保護を受ける身になってしまった方もあろう。
生活保護費の給付を受けているお方は憲法に謳った最低限度の暮らしを享受しているのか。

最低限度という表現が問題なのだ。これでは国民すべてが最低限度の生活をすることが望ましいと云っているようなもの。
国家が掲げる国民のあるべき姿としてあまりにお粗末ではないか。
本来は国民すべてが、最低限度ではなくそれ以上に、より豊かな暮らしをが望ましいはず。ためにはせめて、少なくとも最低限度以上の、と表現すべきなのではないか。第一、最低限度とは最下辺ということ。言い換えればどん底。これでは国民はみなどん底の生活をすることが望ましいとしているように読み取れる。
一見、条文は権利を有するとの表現で繕ってはいる。だが穿ってみれば国は国民の暮らしの向上をホントは望んでいないのかもしれない、なんてことにならないか・・・・。
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by natsuman | 2018-05-16 11:35 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

気が塞ぐ

先週の首の筋を痛めてからいささか憂鬱に陥っている。
気持ちが塞ぐというやつ。少し鬱状態だ。
時々起きる。毎日暗澹としている。
正に落日現象だ。
気が晴れるような、あまり考えなくていいような作業があるといい。
がそれもない。もとより体力がそれを許さない。
積ん読書が沢山ある。それを読むか。でも一日中というわけにはいかない。
仕方がないからパソコンに向かって何かする。
W10の基本設定を見直す作業に入った。大分いじった。
用もないアプリはどんどん削除。使いやすいように大分変えた。
たまにこんなことをやるとPCが少し解ったつもりになる。
でも実は大したことはない。
天候が安定しないせいか、朝の勤番老子も馬鹿に少ない。
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by natsuman | 2018-02-22 16:21 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

財布の主役

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財布はオカネを入れる袋・容れ物と広辞苑にある。
江戸時代は金貨と銀貨、銭貨の時代。藩札はあっても紙幣は無い。
庶民は銭かせいぜい銀の時代。袋が便利だから専ら巾着が財布だった。
明治以降、紙幣が発行される。
紙幣は高額の金のやりとりに便利だった。もちろん小銭として硬貨もある。
人々は巾着では飽き足らなくなったかもしれない。
新しい財布が誕生する。
何によらず物入れにはまず袋が使われる。
鞄の始まりも袋だった。長じてボストンバッグが生まれる。
口を押し開くとがばっと開くあれだ。大口は中身の出し入れはしやすい。
”がまぐち”はその小型版。巾着に代わる財布だった。
ところでがまぐちとは言い得て妙。
ネーミングの秀逸さは見事。しかも実用品の極致だ。
紙幣も小銭もこれ一つで持ち歩ける。小さいのから大きいのまで色々あった。
さすがに今では昔風は流行らない。しかし形を変えては残っている。
その便利さ故だ。何しろ今も小銭はじゃら銭だ。
日々の買いものなど、小銭の出し入れにがまぐちに選るものはない。
子供の頃、小さながまぐちを使った。
長じて専ら革の財布。札専用でじゃら銭はポケットに放り込んだ。
かくて財布の主役はいつも札。沢山はなかったが。

しかし世はカード時代。
クレジットカードが現金代わり。
習慣で多少の札は持ち歩くものの沢山は要らない。
額が少しまとまれば直ぐにカードの出番。
財布はカード入れに変身である。
出かける際は必ず車を使う。免許証もカード。診察券もカード。
そして行きつけの店のポイントカード。
財布の主役交代である。
因みに画像はボクの財布ではない。
似てはいるが小銭入れみたいなポケットはない。不要である。
大分くたびれてきたからそろそろ新調するか。

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by natsuman | 2018-02-08 13:36 | 暮らし | Trackback | Comments(1)  

年賀状、期間限定料金!

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人口は年々減って今や僅か48、000。
市とは云うものの実体はほぼ町のレベル。
街中はシャッター通りばかり。
市なんて雰囲気は微塵もない。
よそへ出掛ける度に、ああそうか。
市とはこういうのを云うんだなと、我がマチを思い起こさせられる。

その小さな町にも師走はやってくる。
いつものとおりバス通りを行ったら、
いやあ、混むは混むは・・・・。
車列が繋がっていっかな動かない。
郵便局へ行くのも骨が折れる。

やっとの思いで局特製の受け箱に賀状の束を放り込んだ。
そうは云うもののあまりの少なさにいささか寂しさが募る。
年々失礼とは知りつつ賀状を減らしてきた。
今や縁戚関係者と一部交遊ある方のみ。
それはお互い様で、元日にはまたも一喜一憂だろう。
日本人にとって年末年始の季節の行事。
若者はメールで「あけおめ」で済んでも。
日本人らしさを形作るこの小さな習慣。
やっぱり続いた方が良いな!

あそうそう。料金不足で戻ってこないよう注意!注意!
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by natsuman | 2017-12-26 09:15 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

忘れ去られた住民

d0013739_12463403.jpg
我が家は山の中腹にある。
進入路は細くくねった路を登らなければならない。
その道、右側半分は朱道だが左側半分は私道。
これが厄介の種だ。
永年の風雪に耐えてきたものの損傷が著しい。
我らも市の建築確認をとって家を建てた。
市民税もきちんと納めてきた。
だが住環境に関して市の面倒を見て貰ったことがない。
私道分は提供するから市道にして補修の面倒を見てほしい。
と陳情するが市はウンとは云わない。
直ぐに続く補修問題が見え見えだし、とにかく予算がないの一点張り。
しびれを切らして住民サイドで工事を。
だが全部はとてもやりきれない。ほんの一部だけ。
それでは根本的に解決するわけではない。がやむを得ない。
いつか必ずこの道が崩壊する時が来るだろう。
そうなったら我が家は陸の孤島になる。

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by natsuman | 2017-09-29 13:21 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

我がマチ・海辺の町

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我がマチを俯瞰している。海辺の町だ。
街並みはもう少し東、右側にも広がっている
館山の地名の起こりは「館のある山」から来ている。その頂上から北方を眺めてる。
三方を低い丘陵に囲まれ、西側は館山湾に接する。
毎日ここへ登っては来る。が眺めるのは海とその向こうの富士の山ばかり。
街並みを俯瞰するのは滅多にない。
人口4万8000人弱。年々減少。過疎化が進んでいる。
8月1日2日は市内館山地区の祭礼である。曰く”館山んがマチ”。
この言葉、発音が難しい。もちろん文字には表し難し。独特の言い回しがある。
祭日を土日にしないでまだ頑張っている。
先日地区の子供が親に連れられて、まつりのお花を各戸に売りに来た。
昔は大勢が来たが、今年はたった一人。
ここにも過疎化が語られている。
鉄道はまだある。が既に特急は廃止されてしまった。
今や高速バスが頼み。
その内、上京するには明治のように、船しかない時代になるやも知れない。
今読み解いている「万里小路通房」氏の日記によれば、
当時、市民の上京の脚は専ら汽船であった。
一日に何本も出ていたようだ。
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by natsuman | 2017-07-30 09:27 | 暮らし | Trackback | Comments(1)  

ぶっつけ本番!鶴瓶が来た

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先日、NHK鶴瓶の番組が館山を取り上げた。はじめは布良相浜の漁村だった。
大正昭和が取り残されたような光景は館山市民にとってやや違和感がある。
なんでまたそんなところをと。
一方、出演した”ゆず”のメンバーが駅前の”中パン”本店を訪れたのは、
市民の誰もが納得しただろう。
東京新宿の”中村屋”ののれん分け。ご当地の誰もが愛する”中村屋パン店”である。
安房の住民なら知らないものはない。通称”中パン”。美味しいという評判である。
もっともボクに云わせれば左程パンが美味いとは思えないが。
だがこの地区の代表的なパン店であり、二階は喫茶というかパーラーになっている。
街に出てきた人々が、その味を求めて必ずや入るところでもある。
市民には熱烈なファンがいる。家内も。
ここの”モカソフト"が抜群という。外ではこの味は楽しめないとも。
外にも色々と知っている人が出てきた。六人のサムライも。
日頃、弁舌滑らかなことである種有名な御仁もいた。だが一言もない。
翌日、良く知る人が解説した。
しゃべりすぎてぜーんぶカットされたんでしょう、と。
いやーさもありなん!(笑)
都会人が求めるのは田舎の素朴さですからね。
その点、安田牧場のオーナーは雰囲気ピッタリ。
彼はなかなかの事業家。新しいことに常にチャレンジしている。
外洋ヨットクラブの元会長でもありました。


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by natsuman | 2017-07-26 08:43 | 暮らし | Trackback | Comments(2)  

100年前はついこの間

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市内、渚の駅にある市立博物館分館の二階にこれがある。
往年の漁民生活のベースとなった漁師の暮らしぶりである。
海洋博物館のイメージとは合わない。
これは漁師の家だが、農家とてさほど大きな違いはない。
つい70年前位までは田舎の家はみなこんなもの。
これを懐かしいと感じる方はもう先が長くない。
実際、農家だった親父の生家だってこんな雰囲気。
手前の土間、上がりかまち、その近くに切った囲炉裏。
仏壇と神棚。そして奥の座敷。黒光りする柱や板戸。
記憶の中にある風景と何ら変わらない。もう少し大きかったか。
しかし、置かれている什器には少し違和感がある。
奥の二個ある長持は贅沢品だ。
手前の丸い茶卓。これは大正昭和の時代のもの。
囲炉裏があれば火鉢は普通は出てこない。
若い人の目からすればまるで時代劇かと思うだろう。
でも100年前の日本人の殆どはこんな家で暮らしていたのだ。
そんな雰囲気の中で、空襲を避けて約一年間、祖母の手で育てられた。
右手に部屋があった。入った左手、タンスの上にラジオがあった。
終戦時、玉音放送がそこから流れた。
因みに70年から100年前というのは親や祖父母の時代になる。
そんなに遠い時代ではない。
いや、ついこの間のことなのだ。
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by natsuman | 2017-06-25 08:05 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

旧市街の再開発

このところ、朝の5時半過ぎには街中の細道を自転車で走り回っている。
50数年住んでいて始めて通る道もあり、日々発見の繰り返しだ。
中世以来の古い町だけあって、いやもう細い道の何と多いことか。
当時は大道だったかも知れない。が今では車も通れない細道路地が大半だ。
通行は専ら脚で、乗物と云っても馬か籠しかない時代ならいざ知らず。
この街の一体どこに道路開発があるのだろう。
都市計画なんて考えもしないのかと疑念さえ湧いてくる。

目立つは空き家。それも古い貸家。放置され、朽ちかけたようなものが。
昔日、海軍航空隊が開設されて以来、当地には貸家の需要があった。
今も海自の兵士や家族向けの需要がある。今新しい感覚の建物に替わっている。
ところが時代にそぐわない古い貸家が今も随所に残る。

進入路が細いため建築許可が降りないのか。地元の零細企業では大型の開発が難しい故か。
細い路地の奥に点在する空き屋、空き地。放置された貸家に驚く。
住民の高齢化、過疎化。地方都市に課題は多いが旧来の住宅地の道路再開発がまず必要のように思える。
道路さえ解決すれば、旧市街があっという間に蘇るかも知れないのだ。

それでいて新築も結構多い。立派な家宅も少なくない。
問題は狭い中にはめ込んだような如何にも窮屈そうな市街と家並み。
あれでは消防にも救急にも差し障りがある。いざというとき困るだろう。


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by natsuman | 2017-06-17 09:47 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

狭まる世界

d0013739_13233210.jpgnetで面白い画像を見つけた。この猫ちゃんの行動範囲はいかばかりか。
考えてみると、我が身の行動範囲も随分と狭い。
ちっぽけな家。ささやかな庭。ほんの僅かな畑。小さな書斎。
外に用がなければ終日そんな中で時が過ぎる。
健康活動はたかだか60数mの小丘登山とそこでのラジオ体操。
その山裾の周りを廻ってほんの少しウオーキング。
そして週に一度のスイミング。
それさえ終われば後は苫屋の暮らし。
街の背を向けた庵では街の賑わいさへ縁がない。
街のイベントなんて気がつくこともない。
日々の糧は近くスーパーで済む。出掛ける先は決まってる。
旅は専ら温泉目当て。駆け回るよりはじっと湯に浸かる。
飛行機は乗りたくない。海外なんてまっぴら。
ともあれ老身の行動範囲は年々狭くなる。
何れはもっと狭いところに入るのだし。

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by natsuman | 2017-05-05 13:51 | 暮らし | Trackback | Comments(2)