カテゴリ:歴史諸々( 78 )

 

井伊谷の龍譚寺

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これ、愛知県は井伊谷にある龍譚寺のお庭。
よく手入れされていて美事である。
龍譚寺というお寺。こんなに大きいとは知らなかった。
たまたま井伊谷の街中を通り抜けようとした折、気がついて参詣した。
歴代の井伊家の御墓がここにある。
この地の風光から、ああ井伊谷ってこんな所だったのかと知った。
セット仕立てのドラマではこの感覚は得られない。
あのドラマ、あまり面白くなかった。
この辺りに土地勘があればもう少し親しみが湧いたろうが。

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by natsuman | 2018-05-11 10:52 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

親父の遺稿・その2

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親父の残した原稿を毎日数ページずつ打ち込んでいる。
やっと原稿用紙100ページ目に達した。がまだ全体の3/4が残っている。
いささかうんざり。とにかく大変。
神さまの名を間違えないように。漢字やカタカナだったり別名もやたら出てくる。
もちろん日頃使わない文字やことばもゾロゾロ。意味が分からない。
その度に広辞苑で確かめる。そういうことかと確認しながら。
文を追っているのだから文章は読んでいる。
なのに文字に気をとられて文意が頭に入らない。
古い神代の話の解釈。嘘かほんとかどう解釈するか、その連続。
回りくどい。先が思いやられる。
何せ20数年前である。その後の研究で解明された新解釈もいろいろあるはず。
それを先に知っては親父の意見も新鮮みに乏しい。
できれば意見に肩を入れたいが。
古事記・日本書紀、その他、古代神話に関する新刊を4冊も買ってきた。
読んでいられるかどうかはあまり当てにならない。
だができるだけ新しい論説を知って親父の説の妥当性を確かめたい。

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by natsuman | 2018-05-02 10:17 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

遺稿の電子化

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父の遺稿を電子化しておこうとやっと思い立った。
父は一応物書きに入る。生涯に16冊出したとある本にはあった。
エッ、そんなに。手元には5,6冊しか残っていない。
著述は専らハイキングや山登り、旅に関するもの。
広い意味での旅行ガイドブックが中心だ。
父は明治末期の生まれ。大正から昭和初期に若い時代を過ごした。
時代の趨勢か比較的ハイカラなことが趣味だった。
山登り・スキー・ハイキング・カメラ・ダンス等々先進的だった。
脚が丈夫であちこち歩き回っている。
奥多摩登山のあるコースの水場まで知っていたのは驚きだった。

本業は新聞記者。だから文は常に簡にして要を得るだ。
誰にも理解できるよう平易な表現に終始する。
飾りがないし正直云って旨い文章とは言えない。
物書きとはいえその程度である。

著述は専ら旅そのものや旅行ガイド的なもの。
まだ旅行作家とか旅行ライターなどの職が生まれる前である。
もしかしたらその界の先駆者だったかも知れない。
ただ旅の物書きで世の中を渡るには早すぎた。
光りを浴びることはなかった。

遺品に原稿用紙の束があった。
万年筆の父の字が随所に添削を添えて躍っている。
引き取ったもののいささか当惑。でもずっと気になっていた。
放っておけば日の目を浴びることはない。
いつか燃されてしまうだろう。それではあまりにしのびない。
せめて弟妹やその子供達に読ませよう。
それがボクの努め。そう思い決意した。

400字詰め原稿用紙にして415枚。結構な量だ。
優に単行本一冊になる。これは容易ではない。
少しづつ進めるか。そう腹をくくるしかない。

テーマは「記・紀」に関して。その虚像を暴くというもの。
「記・紀」とは「古事記」と「日本書紀」のこと。
現代の日本人には遙かに遠い神代の日本創世神話。
その解釈であり研究である。
へーッ、父はこういうことに関心があったのか。
旅とは関係がなかった。

舞台は遙か遡ること7~800。
それだけでも古いのに、更にその時点から遡る遠い先祖の物語。
神や人の名、地名、難しい特異な文字や古義な言葉がぞろぞろ出てくる。
現代用語で使わない文字や言葉の続出はお手上げ。
読めなくてはキーの打ちようがない。
辞書登録されていない文字はもちろん変換してくれない。
その度に辞書を探る。初めて知る言葉・文字がいくつもある。
新たに文字登録もする。
間違えないよう一太郎で打ち込む。えらい骨折りだ。
先が思いやられる。
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by natsuman | 2018-04-18 11:03 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(2)  

3月10日市民大虐殺(書き直し)

 今日は3月10日。東京大空襲のあった日。その73年後の昨日だったか。何かに「東京大空襲追悼式:あんな戦争、二度としてはいけない」とあった。
 あの戦争の末期、アメリカはパラオ、ペリリュー、硫黄島、沖縄と、死んでも降伏しない日本兵の反撃のすさまじさに、銃後の無辜の民を虐殺すれば終戦が早まるだろうと、日本人抹殺を図って木造家屋の密集する都市の無差別爆撃を開始する。手始めにB29・300機をもって東京下町を中心に焼夷弾攻撃した。
 戦争とは軍隊と軍隊との闘い。一般国民を攻撃するのは明らかな戦争法規違反。それを無視したのはアメリカだった。この日、3月10日の大空襲の成功(市民10万人が焼け死んだ)により、以後アメリカは日本全土の都市空襲を開始する。
 その残虐きわまりない作戦を企画し実行したのはアメリカ空軍カーチス・ルメイ将軍。まだ創立して間もない空軍の功績を挙げるため、砂漠に木造家屋を建てて実験までして、その効果を確かめ空襲に着手した。その陰にはルーズベルト大統領のあからさまな人種差別感と、功をはやる若き軍人の人道的配慮を欠いた激情があった。これを虐殺と云わないで外に一体何というのだろう。
 そのアメリカに今日の日本は追随している。平和が続いているとはいえ複雑な思いを抱かざるを得ない。

「あんな戦争、二度としてはいけない」。どこかで聞いたことのあるセリフ。そう広島の平和記念公園の碑にある「二度と過ちは繰り返しません」のあれと同じ。たしかに戦争は悲劇的。できれば避けたい。いやすべきではない。だがそうせざるを得なかった歴史の事実がある。開戦はアメリカの手に見事に乗せられた結果だった。
 アメリカにとって日本はアメリカ先住民と同じ。あからさまに口にこそ出さないものの日本の抹殺戦略思想があった。3月10日の東京大空襲も原爆もその延長上にないとは云えまい。にもかかわらず日本が悪かったとするかのこの云いよう。情けない。
 一体いつになったらこれを払拭出来るのか。戦後日本が二度と立ち上がれないように、GHQは徹底して日本人の歴史観を先導教育した。洗脳と云って良い。こうして日本が悪かったとする自虐的戦争観を、日本人の多くがいまだに引きずっている。誤った認識からの脱却を是非心したいものだ。
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by natsuman | 2018-03-11 09:42 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

遙かに建国を寿ぐ

d0013739_17174847.jpg70数年前日本はアメリカに負けた。
アメリカはGHQを日本に置いて国家改造を図る。
まず2月11日・紀元節と4月29日・明治節を廃止。
旧紀元節は神武天皇が即位した日で2月11日
因みに明治節は4月29日。明治天皇の誕生日。
今これらは「建国の記念日」と「みどりの日」と呼ぶ。

戦後、一部の歴史学者たちが神武天皇云々は神話である。
故に実際の歴史ではないと主張する。それはそのとおり。
どこの国も神話が歴史そのものだとは誰も思わない。
だがそれが架空の話しだと決めつけるのもこれまた行き過ぎである。
神話が歴史の一部だったことが証明された例もある。
実際、シュリーマンが神話をもとにトロイの遺跡を発掘したように・・・・。

考えてみれば今では確かめようもない遙かな遠い昔から伝わる話が神話。
民族として神話の存在そのものが悠久の歴史を物語っている。
それが今も伝わっていること自体、日本人の誇りだ。

神話は当初の目論見とは相当に内容が変わっしまったろう。それは否めない。
第一、当初の時点で既に記憶をたよりにまとめた話しである。
その時点で既に実証が難しかったかもしれない。
長い年月は紆余曲折を経て千変万化。そうして今に伝わったと知るべきか。
それ故に話に理解が行かないことも沢山ある。誤解や曲解も生まれる。
年月を考えればそれも決して不思議ではない。

今伝わる神話を創成者が聞いたら当初の意味とは違うというかもしれない。
長い時の隔たりがその解釈を難しくしてしまった。
しかし、その間、神話が伝わってきた事実は曲げようがない。
例え理解が如何に難しくても、これは民族の誇りだ。

建国の日が本当に2月11日だとは誰も断定出来ない。証明も出来ない。
しかしある日突然に国造りが完了したわけでもなかろう。
遙か昔に国造りが進み、ある時を以てひとまず慶賀した可能性はある。
例え確証はないとしても神武天皇即位がこの日であるとした。
またそれをもって建国の日とするのも充分に頷ける。

日本民族は今も偉大なる文化を築いている。
私たちはこの国が神話を持つことを誇りたい。
それでいいではありませんか。

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by natsuman | 2018-02-11 17:24 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

真珠湾攻撃、開戦の裏表

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70数年前、世界は欧州と太平洋の二方面で戦争が始まった。
アメリカは孤立主義で繁栄し、国民は欧州の戦争に無関心だった。
大統領は戦争に参加したかった。
が攻撃された場合以外、戦争に走ってはいけないというルールがあった。

そこでルーズベルトは日本に開戦を仕向けた。
しかも先手を打たせるよう企んだ。巧妙なわなだった。

見事日本は誘い込まれ、真珠湾を攻撃した。
アメリカ国民真珠湾を忘れるなと一気に戦争ムードに走る。
してやったりとは大統領。
これで欧州の戦場に次々と兵を送り込めるようになった。
それが歴史の真実だ。

それを大発見かと思わせるような記事が朝刊にあった。
朝日はまだそんなことを書くのか。

巧妙な外交政策、豊富な資源、高度な工業技術力。
どれをとってもアメリカは日本が太刀打ち出来る相手ではなかった。
身の程知らずに夜郎自大を演じ続け、
結果、日本は歴史始まって以来の大鉄槌を受ける。


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by natsuman | 2018-01-29 10:20 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

元号を推し量る

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平成31年5月1日を元号が新しくなる。
さて一体何になるか。
今朝方、寝床の中でそれを考えていて、つい寝過ごした。
顔も洗わず飛び出して体操には間に合ったが・・・・。

前回平成となった時、いやそうなる前のことだが・・・。
職場で論壇風発、新しい元号についていろいろと案が出た。
他人のは忘れたが、自分のはしっかり覚えている。
なぜなら正に「平成」だったからである。
今の世相を反映して、こうしたい、なりたいとの意を含めるだろう。
ならば、平和にしたい、平和な国になりたいではないか。
そういう意味で「平らかに成る」なんてのが一番可能性ありだと。
どんぴしゃりでしたな。

その思いのついでに、調子に乗ってまた今度もと考えたら、眠れるはずがない。
既に候補は四つか五つは挙がってるだろう。
いずれその中のどれかに決まるわけだ。

30数年前を思い出し、あれこれ考えた。
近代は明治・大正・昭和・平成と続いた。その間、略号はM・T・S・Hと使った。
それ故にマ行・タ行・サ行・ハ行はないだろう。
略号で区別出来るようにするにはそれはない。
カ行も明治の前年に慶応があるからどうだか。
今やKを使う場面などあるはずもないが。

そうなるとア行・ナ行・ヤ行・ワ行しかない。
ヤ行やワ行は現代ではそれぞれ3音しかない。これもないだろう。
するとア行とナ行しかない。

日本は戦後70数年を経て確かに平和に成った。
次は更なる安定が求められるだろう。要は安らかにだ。
きっとこの「安」が使われるに違いない。

問題はそれに続く語だ。
広辞苑で二字で安のつく語を片っ端から探す。
安吾・安康・安国・安定・安寧・安泰・安穏などが浮かび上がる。
その中で使えそうなのはやはり「安寧」だ。
「あんねい」と読む。
史記に「天下に異意無きは則ち安寧の術也」とある。
則ち「世の中が穏やかで平和なこと」、つまり「安泰」だ。
宜しいではありませんか。

しかし、朝鮮語でこれを読むと「アンニョン」となる。
そうなんである。「アンニョン:ハムシカ」。
誰しもが聞いたことがあるだろう。
「元気か」の意だが、これは引っかかる。
半島人のことだから、これを元にまた何を言い出すか分からない。
うーん!
陰の声:いやいや、漢字を捨てた国じゃないか。ハングルしか読めない!

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by natsuman | 2017-12-24 09:10 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

12月8日

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今日は、70数年前、日本がアメリカの真珠湾を攻撃した日。
と云っても今の若者は分からないか。
アメリカとの戦争が始まった日だ。
だが今日顔を合わせた人は誰もそれを口にしない。
もう忘れられた歴史の彼方の出来事なのだろうか。

この日、母艦から発進した航空機が軍事基地を奇襲した。
基地米軍は開戦を知らされてない。
艦船は大打撃を被った。が戦闘機や対空射撃で果敢な抵抗もあった。
日本側にもそれなりの犠牲があった。
が奇襲成功の報に躍って自軍の犠牲に目が届かない。
関係者は成功と語る。だが犠牲があったことは隠された。
それを語る話は殆ど聞かない。
奇襲成功なら大戦果は当然。
それに目がくらんで軍人が日本人が思い上がった。

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by natsuman | 2017-12-08 22:06 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

国民の憧れか、慰安婦

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サンフランシスコの慰安婦像。
公認した市長も市長だが、
公認を働きかけてきた半島系人の頭の構造を疑いますな。
どうみても彼らのシンボルに見えるじゃありませんか。
像というものはそういうものです。
それが慰安婦ですよ!
自分たちのやっていることのおかしさに気がつかないんでしょうか。
それとも慰安婦が半島人の国民的憧れなんでしょうか。
かって李承晩というお人が国の陣頭指揮を執っていたことがありました。
その男が推奨したのは、「国民みな売春婦として稼げ!」でした。

大阪市長さん、お認めになったら如何でしょう。
慰安婦になることが韓国系国民の憧れなんですね、と笑いながら。




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by natsuman | 2017-11-24 09:56 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

退位の年数に西暦か

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俄に天皇陛下御退位の日時が取りざたされている。
19年の4月末に御退位かというものだ。
それを見てエッと絶句した。
19年とある。が平成19年ではあるわけがない。
それでは10年も前のことになる。
当然これは西暦2019年という意味だ。それは分かる。
だが退位と元号は切っても切れない関係にある。
肝心の元号年はどうしたのだ。
日本は長らく元号制を敷いてきた。その日本の新聞である。
ここは当然「平成31年」の、とするべきではなかったか。
もし分かりやすくするためならば、括弧書きで西暦年数を入れれば良い。
書いた記者とこれで良しとした編集子のご意見を聞きたいものである。
それともこちらの認識がずれているのだろうか。


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by natsuman | 2017-11-23 13:51 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)