わが国の憲法第25条には、
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。これをもって生活保護費の減額に対して憲法違反だと訴訟があった。ただここで問題視したいのは生活保護費の減額ではない。憲法違反だと騒ぐことでもない。憲法の条文にある
最低限度の云々の意味である。昔からこの表現に引っかかるのだ。
健康で文化的なのはいい。だが最低限度とは。それが国民として、政府として望ましいことか。
誰だって少しでも良い暮らしをしたいと願っている。そう思って努力して良い暮らしを手に入れた方もある。
一方、何が悪かったか、努力をしなかったか。いつしか生活保護を受ける身になってしまった方もあろう。
生活保護費の給付を受けているお方は憲法に謳った最低限度の暮らしを享受しているのか。
最低限度という表現が問題なのだ。これでは国民すべてが最低限度の生活をすることが望ましいと云っているようなもの。
国家が掲げる国民のあるべき姿としてあまりにお粗末ではないか。
本来は国民すべてが、最低限度ではなくそれ以上に、より豊かな暮らしをが望ましいはず。ためにはせめて、少なくとも最低限度以上の、と表現すべきなのではないか。第一、最低限度とは最下辺ということ。言い換えればどん底。これでは国民はみなどん底の生活をすることが望ましいとしているように読み取れる。
一見、条文は権利を有するとの表現で繕ってはいる。だが穿ってみれば国は国民の暮らしの向上をホントは望んでいないのかもしれない、なんてことにならないか・・・・。
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