負けてもホッとした日 8月15日
祖母に預けられての疎開生活のある日、B29が近くの山中に墜落した。
翌日、叔父と一緒にそれを見に行き、散らばる残骸、くすぶる煙の中から、薄緑色に輝くジュラルミンの計器を拾った。
その美しい機会仕掛けに魅了された。アメリカという国は凄いものを作ると感動した。
翌日、憲兵に捕まると威され、慌てて庭に穴を掘って埋めた。
時折、空からビラが降っていた。そのうち飛行機も飛ばなくなった。
あの日、今日のように暑い日だった。
庭先の池に掛かる一本の細く黒い電柱。アブラゼミが暑さをかき立ていた。
遊んでいたボクがふと母屋を振り返ると、日中の暑い最中というのに、大人達が茅葺きの母屋のラジオのある部屋に集まり何かに聞き入っていた。
誰がいたかは覚えていない。祖母と叔父と・・・・・・・。その光景を今も忘れない。
縦型の頭の丸いラジオ、静まっていた。何があったのか。
しかし、いつもと違う雰囲気、何かがあったのだ。
随分たってから、あれは玉音放送の日だったと知った。
64年前の今日、戦争は終わった。日本はアメリカに負けた。負けて当然だった。
戦争とは国力と国力の戦い。それを日本軍部は軍人の戦いだと誤った。国民は戦争の終わるのを待った。
犠牲になった人々、その無念やいかに。合掌! 黙祷!
by natsuman | 2009-08-15 17:06 | 教育学習 | Trackback | Comments(0)