<   2017年 04月 ( 28 )   > この月の画像一覧

 

雨中の砲術

d0013739_10494043.jpg
 続けて三日ラジオ体操を休んだ。行って行けないこともないが雨は休む理由に都合がいい。その間、城山公園の桜がどうなったか知らない。
 昨日は、暗い内から千葉県の最北端まで150kmのドライブ。それも雨をかき分けて。
 今は正に桜の季節。全国が浮き浮き、桜まつりと称する行事が一体どれほどあるだろか。目指すは野田市関宿。そこでの”関宿城桜まつり”。
 ここは旧利根川を付け変えて東京湾から銚子へと流れるようになった利根川と江戸川の分岐点。旧関宿藩の地。代々久世家が藩主を務めた。
 とはいえまあ内容は盛りだくさんだが普通の郷土まつり。毎年、久世家の末裔、現代の殿様もやってくる。今年から名称が少し変わって、川に沿った堤防に広がる台地で賑やかにイベントが繰り広げられる。
d0013739_10504331.jpg
 砲術演武もその一つ。毎年招かれてはドーンと轟音を放っている。しかし会場が堤防の上。草は生えても水ぐめばぬかるみ状態になりやすい。砲術演武は雨を嫌う。火薬が湿気るし不発が出やすい。事故になる可能性も高まる。誰も本音はやりたがらない。小雨が中々切れない。このまま中止で帰ろうかと意気は上がらない。
 でも桜は満開。雨で煙る城も風情を奏でて主催者側は何とか開催したい。幸い昼前に雨が上がって午後から可能になった。渋り勝ち、粘り勝ち。まことご同慶の至り。
d0013739_10511624.jpg
 渋々始まった砲術演武も何とか様になった。見ものは最後に放った300匁の大筒。二人がかりで担いで据えた俵の上の業物。
d0013739_10514428.jpg
 観衆が固唾を呑んで見守る内、ドーンと放った轟音と白煙のすさまじさ。初めての方々は腰を抜かさんばかり。余りの豪快さに一瞬しーんとなって静謐が広がったかと思うや、次いで起きるワーと上がる驚きの歓声。 
 こんな豪快な砲術演武は外では見られない。ここだから、いや我らのグループだからこそである。外ではちょっと見られないシーンでありました。
 それにしては我が身は情けなかった。既に膝廻りの老化が進み、座して立ち上がることが簡単にできない。やむなく今回は膝放しとすべきところを立ち放しで勘弁願った。何しろ手にする三十匁は17kgもある。老人の細腕と膝では扱いきれない。こういうとき房州弁では「あじょにもかじょにも、おいねー」、「したがわねー」なんて云いますな。

[PR]

by natsuman | 2017-04-09 11:20 | 射撃砲術 | Trackback | Comments(0)  

罪深きアメリカ

 教育勅語には次のようなことが書かれている。
1.孝行    親に孝養を尽くしなさい
2.友愛    兄妹・姉妹は仲良くね
3.夫婦の和   夫婦は仲睦まじく
4.朋友の信  友達は互いに信じ合おう
5.謙遜    常に慎み深く奢ることのないよう
6.博愛    全ての人々を広く愛し
7.修学修業  勉学に励み職業に精進し
8.知能啓発  知能を養い才能を切り開き
9.徳器成就  徳を養い人格を磨いて
10. 公益成務  進んで公益を広め世のために働き
11. 遵法    国の定めた法律を重視し遵守しましょう
12. 義勇奉公  もし非常事態になったなら、正義と勇気の心をもって公の為に尽くしましょう
 そして、以上を以て国運がいつまでも続くよう国民は扶け合いましょう、と結語している。

 これのどこがいけないのか。面白いことに教育勅語に反対する人々も、大方はその内容が怪しからんとしているわけではないらしい。天皇が命令するというような形式的な部分が怪しからんと云うのだ。
 原文は確かに権威ある者が高みから国民に向かって、我に尽くせよと命令調である。でもそれは当時の国民に布達する際の一般的なものの言い方で、そう捉えれば何もそうワメくことでもあるまい。それよりこの程度のことでいきり立つ心情こそ哀れに思える。
 戦後、アメリカが日本に課した自虐感の押しつけは罪深い。それを今に至ってされるがままではあまりにも情けない。

[PR]

by natsuman | 2017-04-07 09:13 | 教育学習 | Trackback | Comments(0)  

自虐感のなせる技

d0013739_10011006.jpg 何やらしきりに教育勅語が話題になっている。あれは子細に読めば現代にも立派に通用する内容とボクは信じるが、戦後のアメリカによるウオー・ギルド・インフォメイション・プログラム(WGIP)によって洗脳された、いわゆる自虐感にとらわれた人々は、その皇国感が怪しからんと云う。
 多分「一旦緩急あれば・・・・・汝臣民は皇運を扶翼せよ」の個所、訳せば、国家の存続を危うくする事態になったら、お前たち国民は天皇を助けよ、というのが面白くない。天皇と臣民の関係、天皇家存続を国民に義務づけているとの表現が気に入らないのだろう。
 「緩急」とは、例えばどこかの国が突然攻め込んでくるような、則ち国家存亡のときという意味。今の中国はあからさまに日本占領政策を推し進めているし、実際、昨今の東アジア情勢は風雲急を呼ぶものがある。
 もしそうなったら国民はどうするか。立ち上がって迎え撃つか。それともこぞって逃げ出すか。逃げ出すなんて言語道断だが、どこの国だって一国が成立していればまずは抗戦するだろう。
 70数年前の敗戦は、打ちひしがれつつも国民にはほっとした部分もあって、おとなしく占領軍の指示に従ったが、それでも天皇の扱いに関して、則ち国体の護持が問題となった。
 日本には天皇=皇室が存在する。民主国家となった今も同じ。例えそれが如何に象徴的とは云え、皇室の存在を抜きにして日本の国は考えられない。だったら「皇運を扶翼」することに異義を挟むことなどあろうはずがない。と云うのがボクの持論。にもかかわらずそれを皇国感だとして騒ぐのは、それこそ自虐感のなせる技。
 皇国感は確かに今の時代にそぐわない。しかし教育勅語全体に流れる理念は国家体制に関係なく今でも通用する。強いて引っかかるのは僅かな個所。それも「皇運」の文字のたった一語ではないか。「皇運」とあるから問題視するような気がする。
 ならば、それを「国運」と解釈するか、あるいはそう語句を変えてみてはどうだろう。「国運」なら国家そのものの将来の繁栄を意味するし、あるいは「国体」でもいい。それで一件落着ではないか。
 要は、教育勅語の趣旨は今の時代にも立派に通用する。将来の幸いを願う対象を国家全体あるいはそれを構成する日本人全体と解釈すれば決して否定すべきものではない。一語一語は今も立派に通用するし、まして皇室の安泰=国家の安泰と思えば、弊害よりは効果の方が遙かに高いだろう。
 制定当時は皇国的政治観の時代。国民への施策は何事に付けそれにそった表現となった、つまりは文体がそうだっただけ。国の将来を思うことが根底にあることに今も昔も変わりはない。
 昔、ふとそんな印象を持った。

 我が国にとって皇室は否定のしようがない。日本という国から天皇制を外せば日本の歴史を否定することになる。70数年前、日本が降伏と決したとき、まず政府が考えたのは当然ながら国体の護持であった。アメリカは日本の治世に天皇が不可欠として皇室を瓦解させることはしなかった。
 しかし、日本が二度とアメリカに立ち向かわないよう、日本人に戦争の罪悪意識をたたき込むウオー・ギルド・インフォメーション・プログラム(WGIP政策)を強力に進める。いわゆる自虐的精神を植え付けた。日本人の再教育、洗脳と云ってよい。
 この政策の効果は絶大。未だにその呪縛から抜け出せない日本人が多数いるのはそれを物語っている。それを利用して中国や韓国は何かと日本を貶めようともする。もちろんその手に乗ってはいけない。

[PR]

by natsuman | 2017-04-06 10:03 | 時事世論 | Trackback | Comments(0)  

遅ればせか、それとも早すぎか

d0013739_14535230.jpg
そりゃ早いぜなもし。龍馬ならそう言ったろう。お花見のことだ。
でも五日と決めていたから致し方がない。
陽気は宜しい。少し風があるが殆ど気にならない。気温はぐんぐん上がる。少し汗ばむほどに。
何人集まっただろう。毎年恒例のお花見会が開演する。
d0013739_15010368.jpg
本来あるべき頭上の花が一寸寂しい。がまあいくつかは咲いている。良しとしよう。
実際、酒瓶の口が切れれば後は上を見上げることもない。喧々諤々、和気藹々。
今日ここに集まった連中が我が城山同好会は、早朝ラジオ体操の会のレギュラーメンバー。
好い仲間だ。好い会だ。
各自、自分用の弁当持参との指令が廻ったにしては色々酒と料理が廻ってくる。
段々メートルが上がる。あこんな言い方は最近しないな!
日本人だなあと思った。それはこんな席でも男女が席を分け隔てること。
向こうにご婦人が、こちら側に男共が。
こんな機会だもの。もっと男女隣り合って楽しめばいいのに。
そう思ったのはボクだけか。
かくして、ようようホントの春が、いや直に初夏を迎えることになる。
日本って好いなあ!


[PR]

by natsuman | 2017-04-05 14:56 | 季節折々 | Trackback | Comments(0)  

我が地の花は遅い

d0013739_09301698.jpg
何かあるらしいが、その何が良く分からない。
昨日はみんな怪訝な面持ちで坂を下った。
今朝、市長が来た。市長もラジオ体操の会員である。
市政の観察と報告を兼ねて時々やってくる。
早朝から御苦労さまなことである。さすがに市長は直ぐ気がついた。
「あー、この看板では皆さん何のことか分からないねー」
「これはきっと英文を直訳してそのまま看板にしたんでしょう」
何せ場合によっては市の公園課に電話を入れようかと・・・・。
でも市長が気がつけばその必要はない。ほんの少し肩の荷が降りた。
市長曰く
「これはですね、オーストラリアのテレビ局が日本文化を自国民に紹介するため、
ここ館山を選び、録画収録するというものです」
「撮影中、何か機会があったら、妙に尻込みせずに協力してやってください。お願いします」
というわけでありました。
「でも肝心のサクラがまだ咲いていないなあ!」。いやまことにそうであります。
頂上の桜はまだやっと芽が膨らんできた状態。
一週間早いよとはボク。
なお、画像は城山とは関係ない。
家内は、遅咲きの花は待てないと、仲間とさっさと花見に出掛けた。
どこかは知らない。多分埼玉か群馬か栃木か、その辺らしい。
後で聞いた。埼玉県権現堂の櫻堤という。


[PR]

by natsuman | 2017-04-04 09:26 | 季節折々 | Trackback | Comments(0)  

何があるのかね


d0013739_09012475.jpg
今朝、妙な看板があった。
何やら料理番組のロケと思わせるイベントがあるからご協力をとある。
時は5日の花見の日。朝6時から午後7時までと時刻も出ている。
公園来園者に対して丁寧に説明している。
でも一体何があるのかよく分からない。文がさっぱり要領を得ないのだ。
良く見れば、海外の料理番組の文字が。
では「キッチンが走る」とかのような、何かの料理番組収録かと想像したものの・・・・?
看板を立てたのはいい。多分、市役所に公園使用願いがあったのだろう。
我がマチを宣伝するいい機会だと許可したのかも知れない。
ここは市民の公園である。利用者に対して一応断りを入れておこうと気が働いたか。
何れにしても必要があって看板を立てた。それはいい。
がこんな文章では何のことかが伝わらない。
今、ツイッターだのRINEだのと、文章にもならないつぶやきでやり合う時代。
その悪い影響が出たのか。
でも市役所だろ。もうちょっとましな文章で知らせて欲しいものよ。
せめても5WとHの原則をちゃんと押さえて欲しいものです。
以上、老人の歎き。
右側にはgooglearthから取ったらしき空中撮影図がある。
がこれまた当日何があるのか、よく分からない。
何かがあるのは分かったが、でもその何が分からんのです。
d0013739_09394541.jpg
やっぱり5日の花見は早すぎるんではと云った。
いや、主目的は宴にある。花はそれぞれ自分で見収めてくればいい。
と返ってきた。ま、そりゃそうだが・・・・。
でも花見は散り時が一番。
杯に花びらが浮かぶ、あの風情が好いんだよなあ、とは別の方。

[PR]

by natsuman | 2017-04-03 09:47 | イベント | Trackback | Comments(0)  

まだ早いぞ

d0013739_15281107.jpg
午前5時45分頃。
日の出が随分と早くなった。
暖かさが期待出来そうに思える。
が意外に寒い。気温7度。
d0013739_15285356.jpg
基準木は咲き始めた。
でも外はまだまだ。
5日に花見だとふれが廻ったが、果たしてどうだろう。
来週でいいんではないかい?

[PR]

by natsuman | 2017-04-02 15:34 | 季節折々 | Trackback | Comments(0)  

大ポカ、いや大ボケだ!

いつぞや失態を演じた。ある日の夕食後、スマホをと思ったら、これがない。
家中探した。一階二階行ったり来たり。どこを探してもない。
一体どこへ置いたのか。次第に頭が白くなってくる。
つらつら思うに、もしかしたらあそこかと血が上った。
早朝ラジオ体操の時、いつもポケットのスマホを取り出して近くに置く。体操がしにくいからだ。
その日は早朝から猛烈な北風が吹いた。いつもの場所ではとてもやってられない。
そこで一段降りた周囲を茂みに囲まれた場所に移動。
そこの記念碑の石段にどうも置いてきたらしい。
(でも、これがそもそもの間違い)
気がついたのは夕餉の後。朝からもう12時間も経っている。
そんな時刻までいつまもあるわけがない。誰かに持って行かれてしまったろう。
でももしやと夜の城山に登った。探した。がない。
d0013739_09305731.jpg
夜の照明に照らされて天守が煌々とそびえている。
d0013739_14033882.jpg
眼下には夜景が広がっている。夜の登頂は滅多にない。
オッと思って家内のスマホで写真を撮った。
が心は晴れない。暗い気分で仕方がないと坂を下った。
d0013739_14031959.jpg
一応届けておこうと公園前の交番へ出向く。警察官が男女一組いた。
「今晩は、すみませんがスマホの届けものはありませんか」
「どうもどこかへ置き忘れたようで」と。でもないという。
「届けを出してください。明日分かるかもしれません」届けを出して退出。
帰宅して、少し落ち着いてから、まあないだろうが気休めにと再びあちこち調べた。
暗い中、畑まで行って調べた。やっぱりあるわけは無い。
次いで二階に上がり、書斎のイスの半天を手にした。
寒い時に羽織るためで、既に2度チェックしている。
そういえば手を入れなかったなと気がつき、ポケットに手を入れた。
すると何やら堅いものがある。瞬間、あったあ!である。
なんてことはない。今朝方パソコンに向かったとき、一寸寒いなと半天を羽織った。
その時何気なくポケットに入れたらしい。普段はそんなことしないのに。
2度もチェックしたのに何でまた分からなかったのか。
そう自問自答しても今さら始まらない。
嗚呼!オレは確実にボケている。そう確信した。
でも良かったあ!と家内と手を取り合わんばかりに欣喜雀躍。

おおそうだ、交番にも報せなければ。でも電話ではと再び出掛けた。
「お騒がせして申し訳ありません。自宅にありました。それもとんでもないところに」。
と説明して一件落着。
この騒ぎでその日の夜のニュースは見損なった。


[PR]

by natsuman | 2017-04-01 08:21 | このころ | Trackback | Comments(0)