カテゴリ:暮らし( 615 )

 

100年前はついこの間

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市内、渚の駅にある市立博物館分館の二階にこれがある。
往年の漁民生活のベースとなった漁師の暮らしぶりである。
海洋博物館のイメージとは合わない。
これは漁師の家だが、農家とてさほど大きな違いはない。
つい70年前位までは田舎の家はみなこんなもの。
これを懐かしいと感じる方はもう先が長くない。
実際、農家だった親父の生家だってこんな雰囲気。
手前の土間、上がりかまち、その近くに切った囲炉裏。
仏壇と神棚。そして奥の座敷。黒光りする柱や板戸。
記憶の中にある風景と何ら変わらない。もう少し大きかったか。
しかし、置かれている什器には少し違和感がある。
奥の二個ある長持は贅沢品だ。
手前の丸い茶卓。これは大正昭和の時代のもの。
囲炉裏があれば火鉢は普通は出てこない。
若い人の目からすればまるで時代劇かと思うだろう。
でも100年前の日本人の殆どはこんな家で暮らしていたのだ。
そんな雰囲気の中で、空襲を避けて約一年間、祖母の手で育てられた。
右手に部屋があった。入った左手、タンスの上にラジオがあった。
終戦時、玉音放送がそこから流れた。
因みに70年から100年前というのは親や祖父母の時代になる。
そんなに遠い時代ではない。
いや、ついこの間のことなのだ。
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by natsuman | 2017-06-25 08:05 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

旧市街の再開発

このところ、朝の5時半過ぎには街中の細道を自転車で走り回っている。
50数年住んでいて始めて通る道もあり、日々発見の繰り返しだ。
中世以来の古い町だけあって、いやもう細い道の何と多いことか。
当時は大道だったかも知れない。が今では車も通れない細道路地が大半だ。
通行は専ら脚で、乗物と云っても馬か籠しかない時代ならいざ知らず。
この街の一体どこに道路開発があるのだろう。
都市計画なんて考えもしないのかと疑念さえ湧いてくる。

目立つは空き家。それも古い貸家。放置され、朽ちかけたようなものが。
昔日、海軍航空隊が開設されて以来、当地には貸家の需要があった。
今も海自の兵士や家族向けの需要がある。今新しい感覚の建物に替わっている。
ところが時代にそぐわない古い貸家が今も随所に残る。

進入路が細いため建築許可が降りないのか。地元の零細企業では大型の開発が難しい故か。
細い路地の奥に点在する空き屋、空き地。放置された貸家に驚く。
住民の高齢化、過疎化。地方都市に課題は多いが旧来の住宅地の道路再開発がまず必要のように思える。
道路さえ解決すれば、旧市街があっという間に蘇るかも知れないのだ。

それでいて新築も結構多い。立派な家宅も少なくない。
問題は狭い中にはめ込んだような如何にも窮屈そうな市街と家並み。
あれでは消防にも救急にも差し障りがある。いざというとき困るだろう。


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by natsuman | 2017-06-17 09:47 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

狭まる世界

d0013739_13233210.jpgnetで面白い画像を見つけた。この猫ちゃんの行動範囲はいかばかりか。
考えてみると、我が身の行動範囲も随分と狭い。
ちっぽけな家。ささやかな庭。ほんの僅かな畑。小さな書斎。
外に用がなければ終日そんな中で時が過ぎる。
健康活動はたかだか60数mの小丘登山とそこでのラジオ体操。
その山裾の周りを廻ってほんの少しウオーキング。
そして週に一度のスイミング。
それさえ終われば後は苫屋の暮らし。
街の背を向けた庵では街の賑わいさへ縁がない。
街のイベントなんて気がつくこともない。
日々の糧は近くスーパーで済む。出掛ける先は決まってる。
旅は専ら温泉目当て。駆け回るよりはじっと湯に浸かる。
飛行機は乗りたくない。海外なんてまっぴら。
ともあれ老身の行動範囲は年々狭くなる。
何れはもっと狭いところに入るのだし。

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by natsuman | 2017-05-05 13:51 | 暮らし | Trackback | Comments(2)  

あれ、孫の〇〇だ

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 先だって孫娘の小学校卒業式のことを書いた。
 着ものに袴姿とは贅沢なと。
 ある日、新聞の折り込み広告を何気なく見ていた。
 とどこかで見たような写真が載っていた。
 あれ、これは孫娘が着ていたのと同じものではないか。
 と気がついた。
 暫くして娘から〇〇が写真館の広告に載ってるよとメールが来た。
 エッと、これ〇〇かい? とはボク。あれっ本当だ。
 孫の顔を忘れちゃっていた。

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by natsuman | 2017-03-27 09:48 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

確定申告

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いけねーいけねー! 5千円損するところだった。
なーに確定申告ですよ。
以前e-taxでシュミレーションしたら1100円納めろと出た。
ああそんなら申告なんて止めとこう。
何ものこのこ出かけてまでして余分に収めることはない。
わずかな年金暮らしは手続きしなくてもいいことになってるんだし。
しばらくして、
はてな何かどこか間違えたかもしれないと気になった。
ならばもう一度と書類を作ったら、今度は4000数百円の還付と出た。
なんだ、やっぱり間違えていたじゃないか。
気がつかなければ都合5000円余を余分に収めたわけだ。
思わずこの愚かめがと我が身をなじった。
ウンこれで酒が3本買える・・・・・。
明日申告に行こう。
因みに電子申告ではない。
それにはカードリーダが要るし、市役所の手続きも要る。
そんな面倒な。
税務署へ行けば書面提出で済むばい。

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by natsuman | 2017-02-27 08:25 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

一日の始まり

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午前5時20分。スマホが起床時刻を報せる。
暗い中、シャツを着込む。ときおり前後裏表を間違えたりする。
歯を磨き洗面、気分を新たにして5時30分いざ出発。
時に傘やステッキを携えて。ゴミ出しの日はゴミ袋も。
暗い中、山裾の道を半分廻る。左回りに。
この間、いろいろな思いが頭の中を駆け巡る。
過去への追憶、将来への不安、哲学的思索。
息を弾ませて5時55分、公園入口に着く。大概誰もいない。
少時呼吸を整える。6時よろよろと坂を登り始める。
海自基地の起床ラッパが微かに届く中、次第に汗ばんでくる。
ヤレヤレ今日も何とかこなせたと、坂上にいたってほっとする。
茶室の裏を廻って万葉の小径を通り、梅林を見下ろす場へ着く。
6時15分、いや6時20分か。
ベンチの背に掴まってストレッチする。堅い身体をほぐす。
かくするうちにお仲間が増えてくる。
一端戻って階段を登り天守の広場に。まずは鳥居を潜って浅間様へ。
小さくとも富士信仰の御社。
祀られているのは女の神様。コノハナサクヤヒメ。
手を合わせ今日来れたことに感謝の御礼を申し上げる。
一端市街地を見下ろす場へ。
芝生の上を旧軍隊調に膝を高く上げて歩む。つまずき予防のため。
手すり際にサクラの枝が横に延びている。何に付けぶら下がるのに丁度良い。
以前はそこで懸垂を繰り返した。が今はぶら下がるのが精一杯。
筋力の低下を毎日ここで歎く。
終わって再び芝生を歩む。今度は北朝鮮軍風に膝を延ばして。
脚がギリギリ云う。足に衝撃が伝わる。
あの国の兵隊はろくなものを喰わずに、この激しい行進をしている。
あの腹ッペらしが気の毒と、同情やら悪態やらつきながら。
6時20分お目当ての体操広場へ。まずは先着の仲間に挨拶。
そして遙かに富士山を望見。
次いで沖を通るコンテナ船やLNG船の出入りを今日は如何にと観察。
我らの生活はこれら船舶の活動に立脚。
あれがなけりゃ日本人は明日から飯の食い上げと言い聞かせる。
時に真っ白なクルーズ客船も行き交う。
視線を眼下に移し湾を睥睨。
あれは〇〇丸だ、いや〇〇船だと錨泊船を探っては皆さんに披露。
首を回し、海を眺め、空を仰ぎ、今日一日の天候を見定め、
観天望気の術を磨く。
四阿でしばし馬鹿話に花を咲かせ、その内にラジオから曲が流れてくる。
やおら腰を上げ所定の位置に。挨拶を交わしつつ体操の輪に・・・・。
毎日聴くリズム。合わせて口笛を吹く。
間奏も含めて上手く吹ければ今日は身体の調子が良い。
第一体操、首の運動、第二体操と順次軽快にピアノが流れる。
最後に深呼吸。
この新鮮な空気。何物にも代えられない。
終わって皆さん一斉に下山。その素早いこと。脚の速いこと。
その頃登ってきたお人は皆ビックリ。山津波のように人の波がドッと下ってくる。
ボクは近頃遅れ気味。ステッキを突いていては尚のこと。
坂下に至ってそれぞれ自宅へと散っていく。
会話があり交流がある。各種情報もこの時に流れる。
山裾の道をさらに半分歩き、最後に行き止まりの狭い坂道を登って我が家へ。
時刻は7時。仏壇へ手を合わせ、食卓へ。
ニュースを聞きながら新聞を読み、家内にせかされて朝食に至る。
出て帰って凡そ1時間半。これで一日が始まる。
雨風がなければこの繰り返し。昨年は365日中230日がこうだった。


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by natsuman | 2017-02-16 11:35 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

訪問多謝

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70を過ぎてから月日の過ぎることの何と早いことか。
実際に走るのはもう難しいが体内時計の方はずっと走りっぱなし。
それも12月に入ってからはあれよあれよである。
今日が一年最後の日とあっても息急ききった身に格別な思いはない。
一晩明ければまたぞろ同じような一年を迎えることだろう。

ともあれこのブログ、確か13年も続いている。
一日のアクセス数は平均30人。多くない。いや少ない。そう云うべきだろう。
今どき、ご託を並べた長い文章など誰も読まない。
世はマンガ時代。単語の羅列と擬態語に慣れ親しんだ方はさらに。
と云うことは、ここへ来られる方はご年配。
でも誰が訪ねてきたか亭主は知らない。

世にいわゆる人気ブログというのがある。
それに比べれば訪問数は比較にもならない。
でも他人に読んで貰おうと思っているわけではなし。
ましてや人気とりをしようと思っているわけでもなし
毎日何か一つ文をものすれば、頭のさえることこの上なしと、ただそれだけ。
クリエイティブな活動はボケ防止になる。
 では皆さん、良いお年をお迎えください。      亭主 敬白

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by natsuman | 2016-12-31 10:24 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

寒くなったが通じない

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オー、寒いねえ。外の温度はとみれば8度しかない。
おまけに小雨ではさらにうそ寒い。
が我が家にはやたら薄着な同居人がいて、
こっちが寒いと重ね着するのに、長袖一枚で平気。
「私は動いているし、それに寒い位の方がいいの!」ときたもんだ。

大体室温が18度を切ったら暖房が欲しくなる。
それが家中あちこち、開けられる窓という窓、部屋の扉、みな開けてある。
良く云えば開放的。悪く云えば無頓着。
さすがに細めではあるが、それでも外気があちこち忍び入る。

何しろこちらは頭頂が開放的。世間は違う言い方をするが。
要は多分に敏感な温度センサーでもある。
ほんの少し開いている換気孔から密やかに忍び寄る寒気もたちどころに感知する。

空気が流れていれば寒いじゃないかとぴしゃっと閉める。
「外が寒いと承知なら、冷えを家の中に入れないよう気を遣ってくれ」
「寒くなれば誰だって襟をかき合わせるだろう。それと同じさ」
「部屋の温度維持に気を遣ってくれよ」と。
それがいっかな通じない。
日本語が通じないのか。言葉足らずで意味不明か。それとも理解できないのか。
この先、この意識の違いが小さな紛争の種になる。
江戸時代じゃない。あんたの温度感覚は古すぎる。
暖房機とまでは云わない。窓や戸を閉めれば済む。
もう少し老人をいたわりましょう。
(画像は、奥日光の氷水)


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by natsuman | 2016-10-30 09:05 | 暮らし | Trackback | Comments(0)  

あちこち直さざるを得ず

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1979年建築。我が家は以来37年が経過。痛みも目立ってきた。
屋根や外壁を塗り替えること2度。それでも雨漏りが出てついに屋根の葺き替えを敢行。
集中暖房と給湯用のボイラーを取り外し、エコ給湯に転換。
ガスをIHに替え、オーブンもついでに新しく。

ところがしばらくして二階への給湯用配管から水が漏れているのを発見。
危うく壁や土台を腐らせるところだった。慌てて洗面所付近を改装するハプニング。
もちろん外にも随分くたびれている。
しかし夫婦二人の暮らしはそれでも一向に構わない。それに今さらの感もある。
床板や壁、照明器具等も何れは何とかしなければとの思いつつも何となく手を付けかねていた。
だがお客様があるとさすがに具合が悪い。

40歳の時に建てた。何しろ一番金のないときである。
普通なら少しでも良い材料を使ってくれと工務店に云うだろう。
それがあろうことか、とにかく丈夫で長持ちする材を使ってくれ。見栄えにこだわる必要はない。
そう口を酸っぱくして云って建てた。
何しろ基本設計は自分である。だから見栄えはしない。でも開口部が多い割には柱数が多く以外にしっかりと出来ていて、そのせいか構造的な問題はなさそうだ。

難点は古い時代の建築ということ。それだけに水廻りがくたびれてきた。
やむなく設備工事を生業とする甥っ子に改修を頼んだ。頼んでから10ヶ月後に工事が始まった。
その間、我らはお出かけ。人気の少なくなった避暑地でのんびりと思った。
がそこは中国人のオンパレード。ホテルまで中国系の経営だと聞いて、ややこれはしたりと反省。
ただプールで優雅に泳げたのは良かった。
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by natsuman | 2016-09-15 10:15 | 暮らし | Trackback | Comments(1)  

落涙しきり 5/24 

d0013739_84572.jpg 先日の話、いよいよ終わりも近いかと思わせぶりな内容だった。でもそんなことは全然ない。身心共に元気である。まだ当分はお呼びが来ないだろう。
 昨日NHKの特番「人生の終い方」を見た。笑点の司会者だった歌丸師匠が番組の前後に出て、自分のがんばり様を見せる。大したものだ。
 次いで既に亡くなった方の生前の記録がいくつか流れる。それぞれ色々あるな、自分の場合はどうなるかといささか感傷的に。
 中でもガンで余命三ヶ月と診断され日々衰弱していく父親の、妻に子供に必死に何かを遺そうとする痛々しい姿。
 だがそれ以上に感動したのは、近く父親が死ぬという現実を突きつけられた子供たちの姿だった。
 小学5年生位の男の子、同じく3年生位の女の子の兄弟。母親が取り乱すこともなく夫と子供達との最期の交流を冷静に見守る。この母親もえらい。
 良い思い出を子供達に遺そうと親子で温泉に出かける。残る力を振り絞って一緒に入る露天風呂。何でもないような父親と子供達の会話。その4日後に父親は旅立つ。良い思い出を遺して。
 葬席で、妹が必死でお父さんの願いを受け止めたよ、頑張るよと、父親に懸命に語りかける。一方、お兄ちゃんはしっかりと口を結び、一言も発せず、必死にその現実を受け止めようとする。
 これは泣けた。涙がボロボロこぼれた。幸い家内が留守。見られることはなかったのは幸い。
 そういえば野坂昭如原作のアニメ「蛍の墓」を見たときも泣いた。兄弟がほんの僅か生きた戦後のあの時代。老生も兄弟の中間位の年齢。浮浪児が駅の構内で亡くなっていたなんて話は身近にあった時代。身につまされた。
 父の死にも母の死にも泣かなかった。記憶する限り人生二度目の落涙だった。
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by natsuman | 2016-05-24 08:46 | 暮らし | Trackback | Comments(0)