カテゴリ:言葉談義( 20 )

 

耳に障る言葉使い

d0013739_13435690.png「〇〇さん、入ってもらってもいいですか」。
エッ、看護師さんそれはないでしょう。「〇〇さん、お入り下さい」でしょうよ。

この席、空いていますか。「はい、大丈夫です」の返事も感心しない。
「はい、(空いています)どうぞ」とあるべきだ。

同じようにレストランでの注文の時。「大丈夫です」なんて云われると、
オイオイ、ホントか、食べられるんだろうね、なんて疑いたくなる。

阿倍さん、あなたも「させていただきます」はないでしょう。
首相たるもの、自分の意思を明らかにするときは、「します」でしょうが。

自分の意思表明は能動態ではっきり云うべきです。
外にも受動態での話し方が丁寧な言い方だと勘違いしている例も多い。

テレビも新聞もへんちくりんな日本語が飛び交っている。困ったことです。
遠くなった老人の耳にも、障ることばは良く聞こえます。
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by natsuman | 2017-04-27 09:58 | 言葉談義 | Trackback | Comments(0)  

主客転倒?

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 朝刊を見て妙な言い回しに気がついた。エッそれはない。あべこべじゃないか。そう思った。
 熊本地震の救助活動の話し。云わんとすることころは分かる。被災者の大方は一階部分で救出されたというもの。
 だが記事にはこうあった。「熊本地震で県警が救助活動にあたった人の内、80%が一階部分だった」
 そんな馬鹿な。救助活動に当たる人とは救助する側の人。それでは救助する側の人の大方が一階部分で助けられたことになる。
まして県警がと断っている。なら救助活動に当たったのは警察官。その警察官が助けられたでは立場が逆だ。
 どうやら救助活動にあたったとしたのが間違い。救助した人か、でなければ救助された人とすべきであった。
 しかし、これが編集委員某の記名囲み記事である。今の編集委員とはそんなレベルか。新聞に載せる記事は編集部内の校閲部門が必ず文字や表現の間違いをチェックする。そこが見落としたか。それとも編集委員の記事だからとチェックが甘かったか。
 年配者からすると今の新聞は言い回しが気になる。記者が若いからか。何を云おうとするのか何度も読み直さないといけない。困ったものよとはボク。新聞って案外いい加減なのねとは家内。
 こんなことをぶつくさ書くのも親父から受け継いだ血のせい。ふっと主客転倒の四字熟語が頭に。がこういう時に遣うのどうか甚だ心許ない。

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by natsuman | 2017-04-14 09:54 | 言葉談義 | Trackback | Comments(0)  

否定形で肯定する?それはない

最近、妙な言い方が流行ってる。
「・・・・とは、思います」である。
流行ってるとしたのは、本来の日本語の使い方について知識がないのか、
それともそういう言い方が格好良いと思っているのだろうか、そんな風に受け取れるからだ。
聞いた途端、浅薄、軽佻浮薄、付和雷同なんて言葉が老脳をかすめる。
ごく普通に「・・・と思います」云えば良いのに、なぜわざわざそんな使い方をするのか。
否定しないなら「は」は要らない。
言葉、文と云っても良い、にあって、否定する場合にのみ「・・・とは、・・・ない」となる。
つまり打ち消す、否定する。なのにみなさん肯定に使う。妙ちきりんだ。
そんな話し声がテレビからよく流れてくる。その度に強い違和感を感じる。

しかしボクも知らないことがあった。「とても」の用法である。
これも打ち消す場合にのみ使うという。
つまり「よくない」「宜しくない」というように否定する場合にのみ使うのだそうな。
だから「とても良い」という言い方はおかしいというわけ。使うとすれば「とても良くない」である。

広辞苑を開くと「とても」とは「迚も」と書き、「とてもかくても」の略とある。
その第一義に、(否定を伴って)どんなにしても。なんとしても。到底。とある。
また第二義に、どうせ。ともかく。所詮。とある。
さら第三義に、非情に。たいへん。とある。耳障りな「とてもよい」の使い方はこれに該当する。
しかしこの第三義は、明らかに否定を伴っての用法に反する。つまり間違った使い方。
世の中に誤った使い方が広まってきてやむなく広辞苑がこれを加えたと想像できる。
とは云え、本来の用法でないことは明らか。
「とても」は「宜しくない」場合にのみ使うと覚えておこう。

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by natsuman | 2016-11-09 10:02 | 言葉談義 | Trackback | Comments(0)  

何だったけ 4/21

 今日はこれを題材にと考えていた内容が何としても思い出せない。まるで認知症検査の時のよう。
 見せられた絵をもう一度思い出して下さいと云われ、八割方は答えたが、あとは頭の中が真っ白。考えれば考えるほど、思えば思うほどに思い出せず、そのあせった気持ちだけ覚えている。

 日頃、新聞記事の表題や本部の言い回しなどが妙に引っかかる。そんな日本語を使って平気なのか。まさか外国語育ちではと思ったりする。
 それどころではない。何でこの間違いが直されていないのか、と首をひねることがある。新聞社には必ず校閲専門の部所がある。文字や表現、使い方に誤りがないか、挙がってくる原稿をチェックする役だが、それが本当に機能しているのだろうか。時々そんな疑問が浮かぶ。電子機器で原稿を起こすようになって以来、その傾向が強まったのではと想像する。
 テレビも言い方にびっくりすることがある。エッ、そりゃないだろう。そんな言い方はない。それを云うならこう言うべきだろうと、その度にボクは傍らでブツブツ反論する。家人はうるさがる。でも性分だから・・・・・。
 若い人たちの言葉が気になる。何でもやたら「すごい!」で済ますお馬鹿タレント。正にお馬鹿の看板を出しているようなもの。日本語の語彙があまりに少なすぎる。
 言葉は年齢とともに上達する。赤子の時代から経験や知識を積み重ね言葉を豊かにしていく。大人とはそういうもの。だからこそ若さとはそれを欠くことの意味にも使う。
 「可愛いい」という。すっかり蔓延してしまった。が老人はあれを歓迎しない。本来の意味は幼さを表している。大の大人が可愛いと云われて喜んでいるようではお粗末に過ぎる。そういうあなたが幼いねと笑われてるのも知らず。
 本題を忘れてつまらぬ事を書いた。それでも暫時、文を書くことで今日の日課が終る。左様、このブログは読むものに非ず。亭主のための書くものでありました。
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by natsuman | 2016-04-21 10:36 | ことば | Trackback | Comments(0)  

自分ならこうする 2/27

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 宿のトイレでこんなものが目についた。座っていて考えてしまった。もっと簡潔な文にならないのかと。
 こう書いてある。
  私どもは、地球に優しいホテルを目指し、限りある資源を大切に利用しています。
  小さなことですが、トイレットペーパーを最後まで使い切ることも大切なことだと
  考えております。
  お客様のご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
  右のペーパーからお使い下さるようお願い申し上げます。

 ああ結構結構。その趣旨はよく分かる。しかし何だかくどい。
 もう少し文章何とかならないか。例えば次のように。
  当館は地球に優しいホテルを目指しています。
  トイレットペーパーは最後まで使い切るよう、右側から順次お使い下さい。
  お客様のご協力をお願いします。

 これだけで充分じゃん! そう思っていたら、いつの間にか用は済んでいた。
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by natsuman | 2016-02-27 08:22 | ことば | Trackback | Comments(0)  

国語教室 12/19

テレビから流れでる言葉使いにいつも呆れウンザリする。
 例えば「ご案内したいと思います」。

 何かを次に進めるときは単に「~します」でいい。
 だからただ単に「ご案内します」であるべきだ。「したい」も「思います」も不要。
 確信したり、覚悟がある場合も「~します」だ。
 意思を明らかにするなら自信を持ってしっかりと言い切りたい。

 もし、そうしたいとか、ありたいと、希望や願望があれば「~しましょう」だろう。
 承諾の場合もそうだ。
 相手への呼びかけや、同意が欲しいとき、あるいは誘い込もうとする場合も「~しましょう」だ。
 何れも「したい」とか「思います」は使わない。
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 ところが世の中には馬鹿も休み休みにと思うことが多い。
 「ご案内したいと思います」などと云われることがある。
 途端にボクは、ウン何だ?「思います」だと? そんなことを口にしなくていい。
 あんたの心持ちをいちいち言葉に出さなくていい。
 そんなことはどうでもいいから、さっさと案内しろなんてどづきたくなる。

 「只今より〇〇会を開きたいと思います」などもそう。
 正しくは「只今より〇〇会を開きます」。もちろん「したい」でなく「思います」でもない。
 「~したいと思います」は無邪気な使い方。幼児語に近い。大人なら使わない。
 ここで、えーっと思ったあなたは無意識の内に誤用を刷り込まれている。直した方がいい。

 以前こんな事もあった。
 ある病院でのこと。順番が回ってきた。
 「夏丸さん、入ってもらって良いですか」と看護師さんが言う。それを聞きハイハイと了解する。
 準備をしろと理解したから次の行動にと身を構えた。で「入れ」の言葉をじっと待つ。
 スタート台でいざ飛び込もうと身構えているわけだ。だが一向に「入れ」がかからない。
 ピストルが鳴らないのだ。
 とヨーイの笛の音ならぬ看護師さんの声が聞こえる。エッ、またもヨーイの合図かと。
 その看護師さんは怪訝顔だ。同じ事をまた言う。
 三度目になるとああこれは入れと云うことかとやっと気がつく。
 「そんな言い方はなかろう」とぶつくさ言いながらボクは診察室へ・・・・。

 日本語は正しく使いましょう。以上、恩師による国語教育の影響でありました!
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by natsuman | 2015-12-19 09:40 | ことば | Trackback | Comments(0)  

長すぎる文 12/13

 天声人語欄は文字数600字ほどの文である。過去に名文多々あり大学受験問題にもよく引用されている。
 小さな欄だから改行なしに△マークを入れてぎっしりと文字が連なっている。文量としては本来このくらいが適切なのかもしれない。
 それに見習って出来るだけ短い文でまとめ上げ、なおかつ意を含ませるのが、より上手い文章の書き方なのだと教えてくれている。
 昔は原稿用紙一枚にまとめろと云われた。現代では資料はA4用紙一枚にとも云われる。いずれにしても如何に短くまとめるかが問われていると云うことだ。長い文は読み手側にとって苦痛以外の何ものでもないとばかり。
 だがそれが難しい。ついだらだらと用もないことを書き連ねがち。このブログもその典型である。
 とまあ、以上くらいの量にまとめたいのだが、それがなあ・・・・・。
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by natsuman | 2015-12-13 09:44 | ことば | Trackback | Comments(0)  

碌なもんじゃない

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 口癖である。正しくは「碌なものではない」と云うべきところを「碌なもんじゃねえ」となる。永年の江戸弁べらんめえ言葉に乱暴な房州弁が重なりこうなる。
 あ!云っておきますが、房州弁は何かにつけ物言いが直截的である。関西人のように奥歯にものが挟まったような遠回しな言い方はしない。その分、ばしばしときつい言い方を相手に投げかける。慣れれば簡潔で分かりいい。
 しかしそれが浜言葉になるととてつもなく乱暴に聞こえる。まして「千葉県特有のぺえぺえ言葉にヨーヨー言葉」。
 東京弁でさえ眉をしかめる関西人なら何を言ってるか皆目分からず、ましてやその口調の激しさに腰を抜かすだろう。「ねえ、あの人たち、喧嘩してるの」と。
 いえいえ「よーくご覧ください。お互い笑いながら楽しく会話してるじゃありませんか」と混ぜっ返す。
 広辞苑によれば「碌」とは本来「陸」と書く。「陸」の水平であること。ゆがみなく正しいことを意味するが、「碌」とも書いて、ものの正しいこと。まじめなこと。きちんとしていることを表す。
 それを「そうじゃあねえ」と否定する。だから、そんなことはまともには受け取れませんよと使っている。
 大体がこのブログの内容自体、大方は碌でもない記事ばかり。読者は「碌なもんじゃねえ」と言下に吐き捨てて結構である。
館山湾に独立行政法人航海訓練所所属の”日本丸”が投錨中。画像と記事は関係ありません。
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by natsuman | 2015-09-14 08:51 | ことば | Trackback | Comments(0)  

どういう映画か分からん 12/13

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 昨日に引き続いてぐたぐた書く。映画のことだ。
 夕刊に広告が四つ載っていた。大きい文字は仮名書き。「アオハライド」、「ゴーン・ガール」、「お休みを言いたくて」。それに「ホビット」というのもある。
 はてこれは一体どんな映画か、どんな内容だろうかと首をかしげた。皆さんはこれで映画の内容が想像出来たろうか。
 傍らにはもちろん売り言葉が添えられている。でも分かりにくい。出演者の名前を見て、どうやら邦画らしい洋画らしいと分かるだけ。
 思えば昔の映画ポスターはもっとシンプルだった。分かりやすかった。いや分かりやすいように日本向きの題名がついていた。
 比べて今の映画、特に原題をただカタカナ書きしたようなものが多い。題名を見て内容が想像しにくいでは広報宣伝的には大分損をしていないか。もう少し工夫というものが必要な気がする。
 もちろん興行側にしてみればそれなりのつもりだろう。でも担当は、通用しないのはこちらが非新人類ならぬ古人類と笑いそう。でも広辞苑に新人類はあっても古人類はない。
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by natsuman | 2014-12-13 09:45 | ことば | Trackback | Comments(0)  

略称は日本語表記で 12/12

 いろいろな言葉があり、いろいろな表記がある。長すぎる言葉や文字は短くしたくなるのは世の常。
 だが最近、明らかに日本語表記でいいはずのものを妙に横文字化してやたら略称する風潮がる。お役所でさえ然り。新聞紙面は略称の海だ。
 だが横文字は表音文字。綴られる文字は単なる記号にすぎない。単語の意味を知らなければ理解のしようがない。ましてやそれでもって略称されてはお手上げだ。
 だがその点、漢字は便利だ。知らない熟語でさえも一文字ひともじの意味を知っていれば何となくこういうことではないかなと分かる。簡略化してもそうだ。表意文字の利点である。
 横文字はその意味についてあらかじめある種の契約がなされたという前提が要るのだろう。まこと不便きわまりない。
 ところがやたら横文字化しては略称を使いたがるのが今の世。困ったものだ。格好がいいからか。せっかく漢字という至極便利な文字があるのに。
 日本語文字の特徴は、大陸から手に入れた漢字を咀嚼して活用。カタカナひらがなを生み、さらには大和言葉にも器用に漢字を当て、漢語と日本語の渾然一体となった文字化に成功。その上、西欧からのそれまでなかった概念さえも新しい和製漢語を作りだしてどんどん吸収していった。体系的に一見複雑に見えるが、結果的には言葉や文字として深いものを導き出したと思う。
 その点同じ漢字国でもチャイナは大変だ。日本なら仮名で表現できるものもすべて新しい漢語を作り出さなければならない。そこでやむを得ず日本人が作った和製漢語の多くを採用せざるを得なかった。
 中華人民共和国なんて国名自体、3語も和戦漢語が使われている。IT時代を迎えてはさらに大変だったろう。それに簡体字なんて。あれはもう漢字でないね。
 話がそれた。当たり前に日本語で表記できるものを何でやたら妙に横文字にし、それをまたさらに略称して訳の分からない用語を作り出すのか。日本語文字を使えと強く唱えたい。
 「日本教職員組合」を「日教組」、「北大西洋条約機構」を「NATO( ナトー)」と呼ぶのはいい。でもピンピンコロリの理想がPPKではなあ・・・・。
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by natsuman | 2014-12-12 10:10 | ことば | Trackback | Comments(0)