カテゴリ:歴史諸々( 66 )

 

国宝”投入堂”

三朝温泉の近く、車で10分ほどの所に、国宝で有名な投入堂がある。
三徳山三佛寺の最奥の建物である。
本堂脇からここへたどり着くのは至難。
木の根を掴み、岩を伝い、鎖に頼りながら一時間半はかかるらしい。
何せここは修験道のお山。修行の場である。
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そこに断崖にへばりつくように投入堂がある。
こんな所に一体どうやって資材を運び造ったのか首を傾げる。
役行者が法力を持って岩窟に投げ入れたと伝わる。
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これを見るには、そこまで行くか、でなければ遙か下の車道から望見するしかない。
しかもたった一ヶ所でしか見えない。
以前来たことがあるから懸命に探したが、中々その場所が分からない。
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今は望見所があって小さな双眼鏡が置いてある。
しかしそれでも遠すぎて良く分からない。
一番上の画像では杉木立の谷間。ズームアップしても二枚目が精一杯。
結局、細部はポスターで確認するしかない。
なお資料館には、無造作に置いてある虫食いだらけの古材に国宝の札があった。
1300年前の棟木という。
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本堂には御幣の陰に隠れてこれまた無造作に”蔵王権現"像が置かれてる。
修復の間だけのご開帳。終われば二度と拝観出来ない御像との由。
ここは歴史の単位が違う。

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by natsuman | 2017-09-12 08:30 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

安房国藩主、ここに没す

何の変哲もない山間の水田。
房州ではあらかた収穫が終わったのにここはまだ。
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昔日、ラジウム温泉として賑わった関金温泉には美作街道が通っている。
交通の要衝。関所があった。
その地からすこし北側に小鴨川の流れがある。
周囲は大山の裾野に続く丘陵地帯。
豊かな伏流水を利用して山間には水田が広がる。
そんな一角、河川敷から段丘を少しあがったところ。
多分この一帯が忠義の屋敷跡だったろう。
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遡ること395年前。
忠義は故郷を再び見ることなくここに終焉する。
今そこには屋敷林であった椎の巨木と小さな祠があるのみ。
目の前には稲穂がたわわに実っている。
彼ら士従が十分に口に出来たか痛ましい。

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by natsuman | 2017-09-09 09:08 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

長崎、もう一つの実験

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72年前の8月9日、アメリカは開発した原子爆弾二つの内、もう一つを実験した。
広島に続く生体実験だった。

当時、戦争は外交の正当な手段。行き詰まった外交を戦争に訴えるのは違法ではない。
戦争では敵である相手の戦力を打ち砕くのが目的だ。それには兵士を殺す行為が含まれる。沢山殺せば英雄。罪には問われない。
但し、相手は兵士に限る。誰でもというものではない。
そこを区別するため兵士は軍服を着る。軍服でないものの殺傷は違法である。

敵国人とはいえ、兵士以外の市民を殺せば国際法に違反する。人道的信義にもとると云うのがその理由。それを大々的にやったのがアメリカ。都市を爆撃し数万人単位の市民を焼き殺した。戦闘機でさえ市民を見れば銃撃した。明らかな違法行為である。

古き時代、戦争は常に相手が見える場所、則ち戦場で行われた。市民はそれを眺める立場だった。
時に巻き添えを食って犠牲者が出ることもあったが、兵士が一般市民を相手にすることはなかった。
ところが兵器が発達して、見えない相手を攻撃するようになってから犠牲者が増えた。
特に飛行機が主役になってから顕著になる。ましてや都市爆撃が始まって一般市民の犠牲は格段に増えた。
飛行機からは地上の惨禍は見えない。搭乗員は地上で何が起きているか知らない。後方の司令部ではなおのこと。爆撃という手段が人間を狂わせた。

敵国民が戦争を陰で支えているという理由でアメリカは市民抹殺を正当化しはじめる。ついには人間をいかに効率よく殺すか、その方法を研究した。
焼夷弾による都市の爆撃。東京大空襲に代表される日本全土の爆撃。その延長上に原子爆弾投下がある。
しかも威力を確かめるため、実験として広島に続き長崎にも原爆を投下した。反撃するだけの戦力も国力ももうなかったのに。

今、核兵器は現実の力になっている。ましてや核の傘に守られている日本。それでいて核兵器廃絶を謳うことの矛盾。
そんな中で原爆被害を止めどなく悲歎しあっても今さらどうにもならない。追悼しているだけでいいのか。辛い体験をした大勢の人々に代わって非難の声を上げるべきではないのか。 
被害者は一般市民だったという、このアメリカの非人道的行為に何故日本人は声を上げないのだろう。黙祷! 合掌


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by natsuman | 2017-08-09 17:15 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

東金の記憶

東金は古くは家康の鷹狩りの場であった。御殿があり東金御殿という。
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東金に行くために家康が作らせた道路が御成街道。今も一部が残っている。
そこを通ると、昔の北総台地がどんな風情であったかが分かる。
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町中からやや山に入ったところに桜の名所・八鶴湖がある。
その湖畔にかって旅館”八鶴館”があった。
今は”八鶴亭”として食事処になっている。
懐かしくて車を止めたら、由緒来歴の看板が出ていた。
国の登録有形文化財(建築物)だそうだ。
名館とは聞いていたがそんな文化財建築だったのかと驚いた。
北原白秋や佐藤左千夫、それに皇太子時代の今の天皇陛下もお泊まりになったとか。
そういう場所だったんですね。

東金は道筋に古い構えの大店が軒を連ねていた。皆商家だった。
後に街並みは駅の向こう側に移る。街並みの大移動だ。
母はその東金の出。今も生家が残っているが、
実家はその波に乗り損ねて今は見る影もない。

戦時中、そんな街筋に面した家の二階に暮らした。
父を除いた一家の疎開だった。
九十九里浜に米軍が上陸する、艦砲射撃があると聞かされては、
その度に防空頭巾を被って防空壕に身を潜めた。
東京大空襲の頃である。
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by natsuman | 2017-07-05 10:00 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

我がマチ

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城ブームも変化がある。
最近は中世の城に人気があるという。
なら館山城は正にそれに当たる。
石垣や天守は近世江戸時代のもので、
中世の城に石垣はない。専ら地形を利用した。
まして房州は堅い石材に乏しい。城跡に大規模な石垣はない。
館山城は里見氏最後の殿様、里見忠義の居城であった。
と云うと如何にも城山に居住したかのように聞こえる。
だが、殆どは江戸詰であった。
今は頂上に天守がある。しかし中世の城にあったかどう。かなり怪しい。
ただ館があったことは確か。それが館山の地名のもとになった。
住民はそれを城山と呼ぶ。

里見氏は十代で終演する悲劇の大名だった。
江戸の初期、まだ德川幕府が外様の動静に目を光らせていた時代。
里見忠義は大久保忠親への嫌疑に連座したと難癖を付けられ、
突然、鳥取県の倉吉に送られてしまう。
殆ど島送りに近い。犯罪者扱いであった。
ろくに喰うものもない生活の中、病没する。
墓は倉吉市の大岳院にある。
家臣が密かに遺骨を蛸壺に隠して安房国へ持ち帰ったと伝える。
その七人の賢臣のと称する墓石が近くにある。

時代はさらに下って江戸の後期。
これにヒントを得て馬琴が壮大な物語り、南総里見八犬伝を著す。
今、天守閣は八犬伝博物館である。
画像はそこから俯瞰する館山市街。
我が家はそこにない。これとは反対側の城郭内にある。
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by natsuman | 2017-06-26 15:07 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

海軍記念日

おおそうだった! 忘れていた。5月27日は旧海軍記念日であった。
日本海海戦大勝利の日だ。
ウイキを参考にすれば概ねこうである。

1905年5月27日に行われた日本海海戦の大勝利を記念してこの日を海軍記念日とした」

「だが日本の敗戦により廃止された」

また「日露戦争日本が白色人種の大国ロシアに対し国家の命運をかけた戦争」

バルト海から回航してきた強力なバルチック艦隊を迎え撃ち撃滅」

「陸上での奉天会戦の勝利と並んで日本国民が記念すべき日とし、海軍記念日となった」

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海軍記念日というのは世界各国にある。

中でも日本の記念日は秀逸である。こんな劇的な記念日はないだろう。

日本が連合軍に敗れたからといって廃止するのはどうかと思う。

歴史的事実なのだから。

GHQによる軛はとうに外れているはず。縛っているのは国民。

ぜひ記念日として復活すべきだ。

海上自衛隊は旧海軍を引き継いでいる。

この日の前後、基地祭などでイベントを設け、金刀比羅宮では掃海殉職者慰霊祭があるという。

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by natsuman | 2017-05-27 20:39 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

神話は誇るべきこと

d0013739_15580033.jpg 神話というと一笑に付されることが多い。そんなものは歴史ではないと。
 もちろんボクとてそれを正史だとは思っていない。だがとてつもなく長い間に、遙かなる先祖が連綿と語り伝えてきたものが神話。それも悠久の年月の経過と共にいつしか表現を変え形を変え今に伝わった。良く分からないし理解しにくいのも当然である。
 しかし、それは、それ程古い大昔の時代があったことの証左でもある。
 大国のアメリカがいくら勢力を誇っても建国はたかだか200年ちょっと。あまりにも若すぎて神話が産まれるはずもない。
 一方、日本は逆に国造りがあまりに古すぎて本来あったであろう真意が伝わっていない。伝説に確たる証拠はない。その時々都合の良い姿に変えてきた。そこに思い至らず今の知識で神話を解釈するのは大きな誤りだ。
 古すぎて良く分からない話が神話。その分かりにくさが若い人には荒唐無稽に聞こえるかもしれない。ついつい不思議の世界に理解が及ばず解釈を誤り、挙げ句の果ては一刀両断に吐き捨てるなんてことになる。
 そんなご意見がnetには沢山ある。無知が一人歩きしているようなもの。その上で今度は意義をはき違えて神話論を攻撃するに及んでは、GHQによる自虐的教育の効果ここにありかと思わせて一体何を言わんやである。これは宜しくない。日本人であるならばぜひ勉強し直すべきだろう。
 なお上に揚げたような神話に関する多くの絵は、みな後世の人々によって、それなりの解釈で制作されたもの。そこに描かれた様子は作者個人の想像の域を超えるものではない。ましてやそれが歴史の事実なんてことは確言出来るものでもない。
 ところで世界で一番古い国はどこかご存じかな。もちろん日本ですぞ。日本は神の国なんて云って失敗した首相がいましたが、神話の国と云うべきだったかもしれません。

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by natsuman | 2017-03-26 08:32 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

日本のかたち

 自ら国史啓蒙家と名乗る「ねずさん」はご自分のブログで日本人について良く語っています。
 今回、2度目ですが「常識とすべき日本のかたち」は何かと7項目にまとめられています。
 そこにはこうあります。
1 天皇             d0013739_10532796.jpg
2 神話
3 国の成り立ち
4 対等観
5 和をもって貴しとなす
6 明察功過
7 修理固成
 但し、3は原文ではねずさんご高説の「シラス・ウシハク」となっています。
 しかし怪訝に思われる方もあろうかと思い、分かりやすく「国の成り立ち」と変えました。
 ねずさんには異議もあろうかと思います。大変勝手で申し訳ありませんがご容赦ください。
 同感するもの多々です。日本人に生まれたことを喜び、日本人であることを誇れます。
 詳細は、右下の外部リンク「ねずさんの ひとりごと」へ飛んでください。


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by natsuman | 2017-03-22 10:40 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

歴史認識、知の進化


d0013739_12144577.jpg このところ読んだ本の内、画像の二冊。
 一冊は倉山満氏の「日本人だけが知らない本当の世界史」。国際政治のルールを形作った本当の世界史を日本人は知らない。今のままでは日本は永久に敗戦国であり続けるという。目から鱗が落ちるようだった。がじきにまぶたが落ちてきて、このボケ頭は直ぐに忘れるだろう。世界史を我が地の世界に所蔵するにはまだまだ知識が足りないと痛感する。

 もう一冊は、名手野口悠紀雄氏の「知の進化論」。知は書写から始まって、印刷、百科事典、インターネット、グーグルの世界、人工知能の時代になった。その知の進化を論述。
 この歳でも一応、パソコン、ブログ、フェイスブック、そしてスマホを使うまでに至った。どれもインターネットの世界である。毎日たっぷり染まっている。余生の毎日の嗜みごとになった。しかし自分がどんな世界にいるのか良く理解していなかった。
 その認識不足を正してくれた思いがする。半ボケではあるがそれなりにその地の進化を何とかたどってきたかという思いだ。もとよりボクのレベルでは小さく微々たるものだが。
 今、インターネットというシステムを土台にSNS(Social Networking Service)がある。人と人とのつながりを促進・支援することを目的とするインターネット上のサービス。例えばフェイスブックであり、ツイッターであり、外にも次から次へと誕生した新しい手段がある。
 YouTubeやインスタグラム、その他、老爺には曰く説明しがたい諸々の情報システムが、知の進化をさらに進め、その先にAI(人工知能)があるという。その変化は今や急速。その大進化を知覚することが新時代の生き方かも知れず、老骨といえども日々の努力が要る。
 知識とは情報である。それはかって秘匿すべきものであった。それを以て知識が独占され、専門化が図られ、職となった。その時代が長く続く。が今は情報は知識はオープンに。内から外へ解放されたのだ。
 自分の牙城を守っている時代ではない。オープンな情報の世界を上手く泳がなければならい。青年はもちろん老者も、いざ打って出るべしか。ああなるほど、そうかと合点したものの、そのような気分になっただけかも知れない。でも面白かった。


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by natsuman | 2017-02-14 09:53 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)  

眼下には

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五日の新聞各社は共にこの写真を掲せた。
もちろん広告ではある。
左は、日本の真珠湾攻撃隊97式艦上爆撃機が上空を行くハワイの眼下、ヒッカム(?)飛行場か。
右は、世界初の原爆の爆撃を受けてきのこ雲が立ち上がる広島市街。
日本が攻めるは敵航空基地。目標は軍事施設。戦力の破壊。
片やアメリカが攻めるは都市。目標はそこに生活する一般市民の殺戮。しかも原爆実験。
この大いなる違い。
今なお白人至上主義に固まる曰く善良なるアメリカ市民。見て見ぬふり。
航空機が誕生して世界は敵兵の顔が見えない戦いに。
市民巻き添えから市民そのものが攻撃目標に。
まして今や、地球の裏側から無人機による一方的攻撃の時代へ。
コーヒー飲みながらスイッチ一つの戦争!
トランプの王様もその口か。

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by natsuman | 2017-01-06 09:56 | 歴史諸々 | Trackback | Comments(0)