カテゴリ:自然環境( 244 )

 

経木に竹の皮

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今ではもう殆ど見かけなくなったが経木というものをご存じだろうか。
木を薄く削いだ、というよりは木を鉋で削り剥がした薄い木の皮様のものである。
これを書いていて、実は今の人にこれをどう説明したらいいのか悩んだ。
経木としか云いようがないからだ。今の若者にはもう死語かも知れない。
昔はこれで食品の多くを包んだ。例えば納豆。
朝早く住宅街に自転車で納豆売りが来る時代があった。
その折、三角に包んだ納豆の旁らに黄色い辛子をべタっと塗りつけて渡された。
その辛子の香りが今も鼻の奥に残っている。
そればかりではない。家庭のお総菜を買うと大概この経木に包んで渡されたのだ。
佃煮だとか、煮豆だとか、コロッケも。
思えばこの経木で包装の多くを賄っていた時代の方が地球に優しかった気がする。
よりエコロジカルだったのだ。
まだ今のようにプラ製品が氾濫する前のことである。

この経木、鶯宿温泉の宿の土産売り場にあった。
何枚入りだったか覚えていないが、確か500円だったような気がする。
かって盛んに利用されていたこの便利な包装用品。
もう実用品の時代ではなくなった。
それがなんと郷愁のお土産に生まれ変わったというわけ。
でも買う人はさすがにいなかった。

似たようなものがもう一つある。竹の皮だ。
いつぞや何かの包みにこれが使われていた。
何だったかは忘れたが、馬鹿に郷愁を覚えたものだった。
思わず、この次、何かの機会に、おむすびを包むのに使おう。
そっと引き出しにしまった。
まだどこかにある。

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by natsuman | 2018-01-22 08:31 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

海は見えるか

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高校時代は吉祥寺にいた。
住まいは杉並区から僅か100mにもみたない場所。
でも武蔵野市。いわゆる都区内ではない。
それで学区は多摩。高校は毎日中央線で西へと通った。
成績優秀なら都立西高校へ行く道はあったが、そこまでの学力はない。
A,B,C,D級とレベルがあって、一応AとBの中間くらいだったが、
もっと上の学校へ行くべきだったと悟ったのは後のこと。
この選択が人生の分かれ道の一つだったかも知れない。
今もなぜあの学校に行ったのかと思うことしばしば。
でも大らかな高校生活が送れた。
以来、東京生まれの田舎育ちと自称している。
そのクラス会が毎年ある。その度に誰もが云うことがある。
館山はいいねー。海が近いし魚が美味いだろう。海が見えるかい。
とまるで別荘暮らしみたいに云う。
オー見えるよ。と一応は答える。
だが海辺はね潮風がきつい。住民はそれを避けて山陰に家を建てるのさ。
海岸で海と向き合ってるのは別荘だけさとも。
確かに我が家からも海は見える。富士山も見える。高台だからね。
ただし海は1キロも先。しかも見えるのは北西方向の限られた部分。
それも後に電柱が立ったお陰で見栄えがしない。
海が見えるのは確か。でも華々しく正面に見据えているわけではない。


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by natsuman | 2017-11-12 09:39 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

海の見える町

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館山湾の奥、海岸通り沿いに今も昔のままの土地がある。
元造船所だったという。その名もずばり館山造船。
1963年にこの地へ来て以来、同じ姿をさらし続けてきた。
海中へ延びる僅かなレール跡が造船所だったことを物語っている。
海岸や港内が公共地なのにここは私有地だ。
海辺の町にとって海辺の土地は利用価値のある場所。
だが50数年、有効利用された形跡はない。
その先、同じ海岸道路沿いに元水産高校の校舎がある。
総合高校の水産校舎としてなお利用している。
とはいえ広い土地と建物は空き屋同然だ。
お陰で海岸通りもこの辺りは夜が暗い。
何とか海辺の町らしく有効利用出来ないものか。
沖には海自の掃海母艦と練習帆船が。
もしかしたら”うらが”と”海王丸”か。
いや”ぶんご”と”日本丸”か。
いつぞやの風景である。
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by natsuman | 2017-07-31 09:01 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

館山湾は鏡ヶ浦

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館山湾は別名”鏡ヶ浦”と云う。
太平洋に突き出た房総半島の先端は押し並べて海が荒い。
遠く離れた海域で発生した風波がいつもうねりとなって押し寄せる。
風はなくてもうねりは押し寄せ、磯波や砂浜に追い寄せる波が消えることがない。
だが夏の一時、鏡のように静かになることがある。
かくして昔の人は白砂青松の海岸の沖に広がる海を”鏡ヶ浦”と名付けた。
今朝が正にそれであった。

かって沖合には島が二つ並んでいた。
沖の方の島を"おきの島”。手前海岸に近い方の島を”たかの島”と呼んだ。
”たか”とは手前とか地に近い方とかの意味である。
昔の人は、”遠い近い”、つまり”遠近”のことを”おきたか”と表現した。
その”たか”にどのような文字を当てるのか分からない。何方か教えて頂きたいものだ。

その二つの島が”沖の島”、”鷹の島”と呼ばれて既に久しい。
その間が埋め立てられ、出来上がった広い土地は館山海軍航空隊基地となった。
今は海上自衛隊館山航空基地となっている。昔は水上機が、今はヘリが飛んでいる。
今も”島”とは呼んでいるものの両島とも陸続き。歩いて行ける。
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早朝5時半。夕日桟橋は人で賑わっていた。みな釣り竿を手にしている。
釣れているようには見えない。
早朝の海辺は気持ちが良い。気持ちよさそうに寐ている人もいる。
都会からの家族連れや子供たちにとっては楽しい思い出になるだろう。

”鏡ヶ浦”と名称がつくだけにここは沿岸航路の船舶の恰好の避泊地でもある。
沖合いに日本丸だろう。練習帆船が静に憩っている。マストが霧の中に霞んでいた。
「白帆眠れ~る、鏡ヶ浦に~・・」と安房節に歌われた情景が今眼前に広がっている。
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夕日桟橋だからといって夕日ではない。これは朝日である。
水に映る朝日はここまで来ないと見られない。

(追記) 日本丸かと書いたが、これは海王丸だそうです。
両船とも遠目には区別がつかないが、救命艇の色が違う。
日本丸はオレンジ色。海王丸白色。
何故違うのか。それはまた後ほどに・・・・。
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by natsuman | 2017-07-08 09:50 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

竹代わりの柳の木

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東京の人が柳で思い浮かべるのは銀座の柳だろう。
今も柳が緑の木陰を作っているかどうか知らないが。
ボクが思い出すのは札幌。
北海道ならポプラだろうというのは内地の人。
そう北海道人は本州のことを内地と云いましたな。
何せ連絡船に乗らなきゃ渡れない海の向こう。
洞爺丸に乗ったなんて云えば歳が知れますか。
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7月7日は七夕の日。
願い事を書いた短冊を竹に結び、星に祈る。
その竹である。だが北海道にクマザサはあっても竹はない。
七夕の飾りに竹がなくてはと代わりに使ったのが柳。
道庁の池の周りにあった柳の小枝を採ってきては飾りに仕立てた。
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家を出て右へ行けば北大植物園。左へ行けば道庁。
昔は今以上に緑豊かなところだった。
だが米は作れない。冬は野菜がない。竹はもちろんない。
売りに来る物干し棹は海を渡ってくる。べらぼうな値段だった。
一本1500円ほどもした記憶がある。アイスキャンデーが一本5円の時代である。
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by natsuman | 2017-07-07 09:27 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

浜に長城を築く

困った。昨年新調した眼鏡が行方不明。
土曜日の午後、草を刈った。大仕事だった。
病では出来るはずもないが、床に伏していて刈り時を逸したのだ。

その静養も兼ねて週の初めに温泉に行くつもりだった。が眼鏡がなくては・・・。
もちろん探しに探した。もしかしてと三度も膨大な刈草の中を探した。だがない。
でも作業の最中とは云え眼鏡が外れるなんて普通はあり得ない。
どこかに自分で外して置いたに違いないと思うのだが記憶がない。
とりあえず古い眼鏡で我慢してる。慌てて再注文したら出てきた何てことのないように。
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梅雨時で天候は晴れない。気持ちも晴れない。
気分を変えようとぶらぶら海岸沿いに北へ車を走らせた。
外房から九十九里へと。見慣れた沿道の景色が大分変わったのを実感する。
九十九里有料道路は工事のため閉鎖中。
かさ上げして津波対策用の堤防にするらしい。

九十九里は幼少の頃からの曽遊の地。
また仕事でもしばしば通った。あちこちに思い出がある。
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しかし有料道路のお陰で広い浜が分断され浜は容貌を変えた。それでも広いが。
一角に旧九十九里センターがコロッセウムの如く威容を誇る。
その旁らに、海に向かって”智恵子抄”がある。
だが有料道路によって斯界を遮られてしまった。
智恵子は海が見えなくなって悲しんでるだろう。
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by natsuman | 2017-06-29 09:30 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

野ウサギが

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昨日、リハビリから帰ってきた時、我が家への小道に黒っぽい小動物がいた。
あれ、何だと思った瞬間、ピョコンピョコンと坂を登って行った。
ありゃ、これは野ウサギじゃないか。こんな所でこれは珍しい。
黒っぽく見えたものの良く見れば濃い焦げ茶色。耳は短く、腰は老人みたいに落ちている。
それでいて後ろ足は長い。やはり野ウサギだ。
とっさにカメラをと思ったがそんな余裕はない。ゆっくり車で後を付けながら見守った。
やがて近くのお宅へ走り込み、車の脇で一度立ち止まってこちらを伺い、やおら城山の藪に潜り込んでいった。野ウサギの習性そのままに。
これまでも我が家の周辺にはいろいろな動物を見かけた。
鳥類はキジ、ヤマドリ、コジュケイ、その他諸々の小鳥まで。飛んでいる鳥を含めれば種類は数え切れないほどに。
四つ足つまり獣類はイタチ、タヌキ、ハクビシン。そこへ今度の野ウサギが加わった。
猟をしていた頃は畑廻りでよく見かけた。糞が落ちていれば近くに必ずいたものだ。
しかし、いくら田舎でも住宅地に出てくるのは珍しい。これも過疎化の影響だろうか。
自宅から望む向山では既にシシの発見が話題になっている。庭先の畑にイノシシが出るのももう時間の問題だろう。
画像はnetからの借用。出来るだけ実見した印象に近いものを使用した。

(蛇足) 一口にウサギと言うがラビットとヘアーの2種がある。
 日本で動物園やペットとして飼われるウサギは欧米由来のラビット。
 だが日本の山野にいる野ウサギはヘアーである。
 日本の野ウサギとヨーロッパの野ウサギは違うのだ。
 ラビットは地下に巣穴を掘るので通称穴ウサギとも云う。
 それが原因して農地にやたら落とし穴が出来る。
 だから欧米の農家からは嫌われる。一方その愛らしさからピーター・ラビットの話も生まれた。
 でも因幡の白兎の神話はあっても、日本にピーター・ラビットはいない。
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by natsuman | 2017-06-15 09:23 | 自然環境 | Trackback | Comments(2)  

海沿いの遊休地

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海辺に住みたくてここ館山に50数年。仕事も海を相手に過ごしてきた。
幼少より両親に連れられて静岡、神奈川、千葉と知られた海水浴場の殆どを廻った。
学生時代も休みの日は海へ出掛けた。素潜り時代が懐かしい。釣りも楽しんだ。
大学の臨海実験所をフルに活用していつも夕食のおかず獲りに海へ出た。

海で遊ぶには何にしても船が欠かせない。小さな船ならありとあらゆる種類の船を経験した。
手こぎのボートから櫓漕ぎの和船、カッター、救命艇改造の帆艇、船外機船、モーターボート、
チャカ(電気着火エンジンを載せた小型漁船)、ランチや交通艇まで。
舟艇と呼ばれる類の小型の舟は一通り経験している。
果ては大井の競艇場で競艇まで乗りこなした。
もちろんヨットも。小さいものは今ならセーリング・ボードの類から大型のクルーザーまで。
とにかく風を受けて帆走るのが好きだった。
高じて自作もしたし、クルーザーのオーナーにもなった。一体何隻乗り換えたか。

それだけに海辺の土地にはどうしても目が行く。
もし可能なら海岸自体を手に入れたいと何度も思った。
そのせいか今もこの土地はどうなっているんだろうと思うことがある。
画像の土地はかって造船所だった。海中に船台を上げるレールの基盤が今も残っている。
しかし、始めてこの土地を見て以来、その後の変容が何もない。50数年変化がない。
館山市にとって館山湾の存在はかけがえのない財産。
いくら私有地とはいえ、それを有効利用しない手はない。
長く放ってきたこの感覚。一体地主は何を考えてるのだろうか。
海岸縁の土地はもっともっと公共に有効利用すべきなのだ。
実はまだ外にもある。海岸道路沿いの元水産学校の敷地。旧水産試験場の跡地。
はたまた商港区域の一角を占有。船置き場として憚らない民有区域。
本来なら観光地らしい雰囲気をもたらすのに恰好の場所なのにである。
ここは未開地か。スラムになりはてている。
もったいない話しだ。
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by natsuman | 2017-06-03 09:27 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

緑に覆われる

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朝から南風が卓越している。城山頂上は風の通り道。
太平洋からの新鮮な風が吹き抜けていく。
まどこからも汚されていない空気を胸一杯に吸う。
都会では得られない田舎住まいの一番の良いところだ。
昔日、喘息だった叔父が若い頃、当地に転地療養していた。
新鮮な空気がたまらない。

この時期、我が家は9時近くなっても朝日が当たらない。
場所は城山の南西側だ。太陽は日々北へ北へと回り込んでいく。
と共に朝日の陰が我が家を包む。
向かい山は日を浴びて新緑に輝いても今しばらくは陰の中。
テレビが今日は暑くなると囁いてもここは涼しい。
涼しいのを通り越して半袖では寒い。
それでいて一端下の道へ出て町中を行けばやたら暑い。
ジリジリと日に照らされる。Tシャツ一枚で丁度良いというのに。
夏涼しく冬暖かいのは当地の気候だが、ここはそれ以上である。
但し、夏の西日だけはどうにもならない。
ましてこの小さな書斎はまともに午後の日を浴びる。
我が家一番の貧乏くじを引いた部屋。

一階のダイニングからは人家が見えなくなってしまった。
周囲の住民が皆さん高齢化して小枝払いが不徹底。
藪に囲まれて正に苫屋となってしまった。
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by natsuman | 2017-06-02 09:44 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

中途半端な港

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さすがに館山湾。終日のたりのたりの風情に満ちている。
港内ならなおのこと。穏やかの一言に尽きる。
しかし困ったことがある。
港内の一角に積み上がった土砂の山。
一体どこから運び込んだか。
重金属が含まれていないとは言い切れない。
得体の知れない排土と市民は認識している。
それが西崎地区の山間に捨てられる。
グーグルアースで見れば半島の真ん中に茶色い場所がある。
そこが排土の捨て場。自然破壊もいいところ。

館山港は地方港湾。県営の商港である。が一角には漁港があり自衛隊港もある。
カツオ一本釣りに欠かせない活きイワシの供給基地であり、
漁業基地としての機能も否定出来ない。
今では少なくなった修理専門の船舶工場もある。
もちろん港には物上げ場がある。本来は商品が陸揚げされるはずだった。
が今はこの排土が唯一の商品。
積み上げられた土砂が汚水を流し砂埃をまき上げる。
行き来するダンプカーはさらに砂塵をまき散らし道路を傷める。
市民にとって好いことは何もない。
観光地としては見るも無惨な光景でもある。
何にしても中途半端な港だ。
港の有用利用を図るべしだが・・・・。
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かつて房州はろくな陸路もなく交通不便な土地であった。
江戸時代の頃より、房州の人々が旅に出るにはまず船だった。
浦賀や横須賀、時には江ノ島へ渡った。
地元の人々が残した旅日記などではみなそうして出掛け、また帰ってくる。
もちろん和船。風さえよければ中々に効率よく渡れた。
現代人には以外に思えるだろう。
明治になっても鉄道が来る前は航路しかなかった。
それ故に地元の運送会社はみな元海運会社である。
昭和の30年代後半までそんな雰囲気が残っていた。
東海汽船が定期航路をしいていたのも懐かしい。
房州へ行くにはまず船の旅であったのだ。
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by natsuman | 2017-05-30 09:34 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)