カテゴリ:自然環境( 238 )

 

野ウサギが

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昨日、リハビリから帰ってきた時、我が家への小道に黒っぽい小動物がいた。
あれ、何だと思った瞬間、ピョコンピョコンと坂を登って行った。
ありゃ、これは野ウサギじゃないか。こんな所でこれは珍しい。
黒っぽく見えたものの良く見れば濃い焦げ茶色。耳は短く、腰は老人みたいに落ちている。
それでいて後ろ足は長い。やはり野ウサギだ。
とっさにカメラをと思ったがそんな余裕はない。ゆっくり車で後を付けながら見守った。
やがて近くのお宅へ走り込み、車の脇で一度立ち止まってこちらを伺い、やおら城山の藪に潜り込んでいった。野ウサギの習性そのままに。
これまでも我が家の周辺にはいろいろな動物を見かけた。
鳥類はキジ、ヤマドリ、コジュケイ、その他諸々の小鳥まで。飛んでいる鳥を含めれば種類は数え切れないほどに。
四つ足つまり獣類はイタチ、タヌキ、ハクビシン。そこへ今度の野ウサギが加わった。
猟をしていた頃は畑廻りでよく見かけた。糞が落ちていれば近くに必ずいたものだ。
しかし、いくら田舎でも住宅地に出てくるのは珍しい。これも過疎化の影響だろうか。
自宅から望む向山では既にシシの発見が話題になっている。庭先の畑にイノシシが出るのももう時間の問題だろう。
画像はnetからの借用。出来るだけ実見した印象に近いものを使用した。

(蛇足) 一口にウサギと言うがラビットとヘアーの2種がある。
 日本で動物園やペットとして飼われるウサギは欧米由来のラビット。
 だが日本の山野にいる野ウサギはヘアーである。
 日本の野ウサギとヨーロッパの野ウサギは違うのだ。
 ラビットは地下に巣穴を掘るので通称穴ウサギとも云う。
 それが原因して農地にやたら落とし穴が出来る。
 だから欧米の農家からは嫌われる。一方その愛らしさからピーター・ラビットの話も生まれた。
 でも因幡の白兎の神話はあっても、日本にピーター・ラビットはいない。
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by natsuman | 2017-06-15 09:23 | 自然環境 | Trackback | Comments(2)  

海沿いの遊休地

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海辺に住みたくてここ館山に50数年。仕事も海を相手に過ごしてきた。
幼少より両親に連れられて静岡、神奈川、千葉と知られた海水浴場の殆どを廻った。
学生時代も休みの日は海へ出掛けた。素潜り時代が懐かしい。釣りも楽しんだ。
大学の臨海実験所をフルに活用していつも夕食のおかず獲りに海へ出た。

海で遊ぶには何にしても船が欠かせない。小さな船ならありとあらゆる種類の船を経験した。
手こぎのボートから櫓漕ぎの和船、カッター、救命艇改造の帆艇、船外機船、モーターボート、
チャカ(電気着火エンジンを載せた小型漁船)、ランチや交通艇まで。
舟艇と呼ばれる類の小型の舟は一通り経験している。
果ては大井の競艇場で競艇まで乗りこなした。
もちろんヨットも。小さいものは今ならセーリング・ボードの類から大型のクルーザーまで。
とにかく風を受けて帆走るのが好きだった。
高じて自作もしたし、クルーザーのオーナーにもなった。一体何隻乗り換えたか。

それだけに海辺の土地にはどうしても目が行く。
もし可能なら海岸自体を手に入れたいと何度も思った。
そのせいか今もこの土地はどうなっているんだろうと思うことがある。
画像の土地はかって造船所だった。海中に船台を上げるレールの基盤が今も残っている。
しかし、始めてこの土地を見て以来、その後の変容が何もない。50数年変化がない。
館山市にとって館山湾の存在はかけがえのない財産。
いくら私有地とはいえ、それを有効利用しない手はない。
長く放ってきたこの感覚。一体地主は何を考えてるのだろうか。
海岸縁の土地はもっともっと公共に有効利用すべきなのだ。
実はまだ外にもある。海岸道路沿いの元水産学校の敷地。旧水産試験場の跡地。
はたまた商港区域の一角を占有。船置き場として憚らない民有区域。
本来なら観光地らしい雰囲気をもたらすのに恰好の場所なのにである。
ここは未開地か。スラムになりはてている。
もったいない話しだ。
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by natsuman | 2017-06-03 09:27 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

緑に覆われる

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朝から南風が卓越している。城山頂上は風の通り道。
太平洋からの新鮮な風が吹き抜けていく。
まどこからも汚されていない空気を胸一杯に吸う。
都会では得られない田舎住まいの一番の良いところだ。
昔日、喘息だった叔父が若い頃、当地に転地療養していた。
新鮮な空気がたまらない。

この時期、我が家は9時近くなっても朝日が当たらない。
場所は城山の南西側だ。太陽は日々北へ北へと回り込んでいく。
と共に朝日の陰が我が家を包む。
向かい山は日を浴びて新緑に輝いても今しばらくは陰の中。
テレビが今日は暑くなると囁いてもここは涼しい。
涼しいのを通り越して半袖では寒い。
それでいて一端下の道へ出て町中を行けばやたら暑い。
ジリジリと日に照らされる。Tシャツ一枚で丁度良いというのに。
夏涼しく冬暖かいのは当地の気候だが、ここはそれ以上である。
但し、夏の西日だけはどうにもならない。
ましてこの小さな書斎はまともに午後の日を浴びる。
我が家一番の貧乏くじを引いた部屋。

一階のダイニングからは人家が見えなくなってしまった。
周囲の住民が皆さん高齢化して小枝払いが不徹底。
藪に囲まれて正に苫屋となってしまった。
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by natsuman | 2017-06-02 09:44 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

中途半端な港

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さすがに館山湾。終日のたりのたりの風情に満ちている。
港内ならなおのこと。穏やかの一言に尽きる。
しかし困ったことがある。
港内の一角に積み上がった土砂の山。
一体どこから運び込んだか。
重金属が含まれていないとは言い切れない。
得体の知れない排土と市民は認識している。
それが西崎地区の山間に捨てられる。
グーグルアースで見れば半島の真ん中に茶色い場所がある。
そこが排土の捨て場。自然破壊もいいところ。

館山港は地方港湾。県営の商港である。が一角には漁港があり自衛隊港もある。
カツオ一本釣りに欠かせない活きイワシの供給基地であり、
漁業基地としての機能も否定出来ない。
今では少なくなった修理専門の船舶工場もある。
もちろん港には物上げ場がある。本来は商品が陸揚げされるはずだった。
が今はこの排土が唯一の商品。
積み上げられた土砂が汚水を流し砂埃をまき上げる。
行き来するダンプカーはさらに砂塵をまき散らし道路を傷める。
市民にとって好いことは何もない。
観光地としては見るも無惨な光景でもある。
何にしても中途半端な港だ。
港の有用利用を図るべしだが・・・・。
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かつて房州はろくな陸路もなく交通不便な土地であった。
江戸時代の頃より、房州の人々が旅に出るにはまず船だった。
浦賀や横須賀、時には江ノ島へ渡った。
地元の人々が残した旅日記などではみなそうして出掛け、また帰ってくる。
もちろん和船。風さえよければ中々に効率よく渡れた。
現代人には以外に思えるだろう。
明治になっても鉄道が来る前は航路しかなかった。
それ故に地元の運送会社はみな元海運会社である。
昭和の30年代後半までそんな雰囲気が残っていた。
東海汽船が定期航路をしいていたのも懐かしい。
房州へ行くにはまず船の旅であったのだ。
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by natsuman | 2017-05-30 09:34 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

東京湾最後の自然海岸

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昨日の夕刊に、不思議な鳥の目のような地形があると写真が載っていた。
奇しくも昨日のこのブログに載せた画像の左端にそれが見えている。
木更津飛行場のやや北側に当たる。
航空機の羽田空港への進入コースは丁度この上を通るからよく見える。
地元ではバンズの鼻と云われる場所。バンズとは磐洲の意。
小櫃川からの土砂が永年の間に沈積して出来上がった低床地。
工業用水確保のための淡水化実験地だった鳥の目もよく見える。
今では東京湾で一番自然が残っている場所かも知れない。野鳥の天国だ。
その昔、東京湾の千葉県側は皆こんな様子だった。

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by natsuman | 2017-04-29 10:31 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

目が食べたかった

d0013739_13262874.jpgアメリカからの面白い話し。
生物は、暮らしやすい水中環境からなぜ抜けだして陸へ上がったのか。その新説である。
調べてみると、そういった生物は、どれもみな目がそれまでより3倍も大きくなっていたという。
つまり目が良くなったことで食欲をそそる餌が沢山目に入り、それで陸へ進出したのではないかと。
たったそれだけのこと。だがこれまでの生物学の常識を大きく変えるかも知れない。
ムツゴロウ君はまだこれからだね。ええ、一生懸命這い上がっていますよ!


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by natsuman | 2017-03-25 15:47 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

風景をぶちこわす電工会社

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日没後の空の何と美しいこと。
夕焼けもきれいだが、青空の闇へ向かうひとときの色合いが心を打つ。
富士がくっきり見える。
だがこの電柱の何と不細工なことか。
この景色が気に入って家を建てたのに、
電工会社があっという間に押っ立てた。
電線埋設工事は地方から進めるべし。

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by natsuman | 2017-01-31 10:01 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

楽しみは雪景色

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by natsuman | 2017-01-26 11:08 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

豪雪下の暮らし

野沢は北信にある。豪雪地帯だ。
屋根の雪は1m50を越えて2m近くある。
積もれば積もるほど圧雪されるから、
その量たるや半端でない。
家がつぶれるというのも頷ける。
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路面は打って変わって乾いているように見える。
下に温水が流れている。降っても直ぐに溶けていく。
だがシャーベット状態。長靴が欠かせない。
ゆめゆめスニーカーでなんてことのないように。
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街中あちこちで雪下ろしをしている。
まだ降っている。どんどん積もる。
仲間総出で取りかかるしかない。
数えてみたら25人近くが奮闘している。
でも翌朝見たらまたもや真っ白に。
雪との格闘が続く。
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by natsuman | 2017-01-26 11:03 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)  

武蔵野・房総、在りし日の面影

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千葉在住のパステル画家、静遙さんの絵画展が富浦のびわ倶楽部であった。
今年はもう終わったが、毎年暮れから正月、恒例になっている。これまで何年になるか。
この人の自然観には常々感じるものがある。相通ずると云っても良い。
作品は実際に画家が歩いては、今これを残さなければと思いを込めて描いた郷愁あふれるシーンばかり。
そこには在りし日の風景が懐かしげに切り取られている。
始まりは都内からやがて武蔵野に移り、奥多摩から埼玉まで足を延ばしたものの、
昔風の田園風景は高度成長と共にどんどん消えていく。
画家はこの一枚、「土橋」を描いて武蔵野に対象を求めることを諦める。
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やがて房総に対象を求め我がマチにも一時居住。
湊町の銭湯「梅の湯」を知っている数少ない一人でもある。
一時家族ぐるみの付き合いに。とはいえ絵だけでは生活が成り立たない。
やむなく千葉市に移りタクシー稼業で生活を支える。
その旁ら銚子から館山まで残すべき懐かしき風景を求めては描いてきた。
画家が描く絵は悉くボクの知っている風景ばかり。
切り取った風景がある種ボクの生活圏や歴史でもある。
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それだけにどの絵を見ても懐かしさに胸を打たれる。
郷愁の一言だ。
「東京まれの田舎育ち」というのがボクの口癖。
それもこれもそんな環境で育ってきたからだ。


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by natsuman | 2017-01-10 09:37 | 自然環境 | Trackback | Comments(0)