2017年 04月 18日 ( 1 )

 

里見氏終焉の地

 南総里見八犬伝のモデルともなった房総の里見氏は悲劇の人物だ。家康の逆鱗に触れてある日突然に今の鳥取県倉吉に移封されてしまう。十万石からわずか4000石に減じられ、それも実質は千石にもみたず、殆ど喰うに困る状態で若くして異国に没する。江戸時代初期の話しだ。
 昨日に続いてその倉吉にやってきた。市役所に顔を出して案内をしてもらい、終焉の地で頭を垂れてきた。
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 その場所は今こんな風景が広がっている。
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 二枚目は里見忠義が住んでいたあたり。今は僅かに小さな社と説明板が建っているのみ。
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 三枚目は市内の大岳院にある里見忠義の墓所。静かなところだ。

 さて雪深い冬の時期はいざしらず、山が萌えはじめだ今はとてもいいところに見える。低い丘陵に挟まれた川沿いの田園風景は実りの豊かさを彷彿させもする。
 だが夫婦してここ出身の知人はくそみそに言う。「あんなところ、どうしようもない。館山が断然良い」と。
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 倉吉は皆生温泉のある米子から思った以上に遠かった。9月の関金まつりへの協力依頼がある。そこは倉吉市内からさらに20分ほどかかる。話の展開如何によってはあと二度ほど来なくてはならない。いささか気が重い。

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by natsuman | 2017-04-18 19:15 | 旅と温泉 | Trackback | Comments(0)