倉吉せきがね里見まつり

「里見安房守忠義公は、幕府内の権力闘争に巻き込まれ、安房国(現在の千葉県南部)から伯耆国倉吉への国替えを命ぜられ、里見家再興を願いながら、堀村(現在の倉吉市関金町堀)で29歳という若さで亡くなりました。領民から慕われた忠義公と、忠義公を追って殉死した「八賢士」と呼ばれる8人の忠臣の物語は、曲亭馬琴が書いた長編小説「南総里見八犬伝」のモデルになったと言われています。忠義公が最期の時を過ごした倉吉では、忠義公と八賢士を偲び、様々な催しが開催されます。」
と毎年9月はじめに鳥取県倉吉市で行われる行事がwebで紹介されている。
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我が家はその里見十代目の忠義公の居城、館山城の城郭内にある。
城郭と云っても中世の城。石垣はない。
代わりに切り岸と称して人工的に崖を造り防御施設にしている。
その城域中に我が家はある。

里見氏十代忠義の時、突如、幕府の命により館山城は破却され、
藩主は倉吉に改易となる。
里見氏の悲劇の始まりである。
かくして里見の物語は当地館山と倉吉の二ヶ所に。
それを縁に両市は交流が続いている。
行事はどちらも南総里見八犬伝仕立てに構成されている。
里見氏の正史と小説とが一緒になって混乱の元になってるのは嘆かわしい。
が面白可笑しくイベントを盛り上げるには恰好の材だ。

館山市が南総里見まつりと称して大々的な行事を始めてから今年36回目。
そこで火縄銃による空砲演武を受け持っている。
それを倉吉でも是非演じて欲しいとの要請があった。
それに応えて週末に遠征。今週日曜日に倉吉市民に披露する。
今その準備中だが、気になるのは身体の調子。今ひとつなのである。
もとより当にお歳である。そろそろ引退をと考えていただけにちょっと荷が重い。
とはいえ折角の期待に応えないわけにはいかない。
ともかく道筋だけは付けておこうと老体にむち打っている。

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by natsuman | 2017-08-28 09:33 | 射撃砲術 | Trackback | Comments(1)  

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Commented by 焼け砂利 at 2017-08-30 21:21 x
鳥取県倉吉市まで、ですか。
遠いですねえ!
大変ご苦労さまです。
どうぞ、熱中症にお気をつけて。

       (*^_^*)


 

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