えー、海の日だあ?

d0013739_09405829.jpg
近頃、記念日が何の日か分からない。
7月17日。新聞題字の下に小さく”海の日”とある。
だが外にはそれらしき記事が見当たらない。
かろうじて広告にその文字が載っているだけ。

大体、”海の日”という言い方がおかしい。もとは明らかに”海の記念日”のはず。
”海の日”と”海の記念日”では記念日制定の趣旨が違う。
はき違えてしまったようだ。だから”山の日”なんて発想が出てくる。
”山の日”の制定が”海の日”の意趣を格下げしてしまった。

明治時代、これからの日本はと富国強兵・産業振興をモットーとする。
ために海運を振興しなければならない。として明治天皇の海上行幸を図った。
要は海運振興が根底にある。そこに海や山で遊ぶなどとの発想はない。

海には、海運の場、国防の場、水産資源の場、鉱物資源の場、
そして最後に国民の情操教育や健康増進の場として、
五つの意趣がある。

中で”海の記念日”は、その海運の場としての”海”が念頭にあった。
今では水産資源の場、つまり漁場としての”海”の振興には全国海つくり大会がある。
記念日ではないが水産振興がそこに盛られている。
近頃は鉱物資源の場としての”海”も脚光を浴びている。

だが国民の情操教育や健康増進の場としての”海”、
言い換えればプレジュアー(遊び)な場としての”海”という発想はなかった。
もちろん国策としてそんなものの必要があるとは思えない。
一時リゾート開発法の絡みで盛んに”海”(実際には海辺)が開発されたが、
建設業界の場としての海に終わっている。

海の記念日は、天皇として初めて明治天皇が海を渡ったことを記念して生まれた。
国策として海運を振興し、もって産業振興に寄与することを想定して。
その陰には海運に不可欠な船員の教育もあった。
全国に商船学校が設けられ、全国に灯台の設置が着々と進められた。
その関係から、元灯台見廻り船”明治丸”が北海道巡航後の明治天皇の”御座船”となる。
天皇は北海道から品川まで海を征き、海運振興の必要性を身を鼓吹した。
明治天皇は船酔いもせず、端然として航海を堪能せられたという。
時を経て同船は越中島の商船学校に下付され練習船として長く愛用される。
戦後一時荒れ放題だったが、その後日本の大事な記念船として修復される。
今もその勇姿が東京海洋大学・商船校舎(旧東京商船大学・越中島)にある。
そんな経緯を思えば、ただの”海の日”ではないことは明らか。
急遽思いついて”山の日”と肩を並べたような名称への変更は”海の記念日”の冒涜だ。
一体何を考えているのか。全く以て歎かざるを得ない。
にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村
[PR]

by natsuman | 2017-07-17 09:49 | もの申す | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://natsuman.exblog.jp/tb/24936429
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 月山弥陀ヶ原へ ガッテンしたか >>