いつか辞書がなくなる

 ある辞書編集者が朝刊のコラムに書いていた。今や辞書の利用が激減している。その原因は、まず電子辞書の出現。とそれにも増してスマホの利用が激増したからという。
 実際、電子辞書ほど便利なものはないと常々思っていた。我が家も食堂の旁らにいつも置いてある。テレビから流れてくる言葉。新聞に載っている言葉。一寸分からないものは直ぐに引きだして理解に努める。
 お陰で我が家の辞書、百科事典、その他の類は、みな不要品となって行き場を失っている。その処分に頭が痛い。
d0013739_14022533.jpg

 ところで辞書を永年使ってきた人は紙の辞書が一番使いやすいという。だがボクは電子辞書が使いやすい。書斎にも置いている。
 考えればこれで言葉の真意を知る楽しみを知った。もっと早く高校生の頃にこれがあったらなと何度思ったことか。
 しかしそれが最近少し様子が変わってきた。電子辞書よりもスマホを利用することを覚えたから。スマホは携帯式パソコンのようなもの。
そのパソコンも、もっと早く身近な道具になっていてくれればと何度思ったか。
 だがパソコンの利用はほんの入口の技術。インターネットが巨大な電子辞書・百科事典となって、それが今やスマホで使える。鉄腕アトムが利用した夢の電話が実現して、さらに携帯となったのはまだそんなに遠い時代ではない。なのにスマホが今や巨大な知の宝庫と繋がった。しかもスマホは電子辞書のようにキーを打ち込まなくていい。
 但し、回答や情報は必ずしも絶対的に正しいとは限らない。かなりいい加減、あやふやなものもある。それは拾わなければならない。要は情報過多と曖昧さがまだ蔓延しているわけだ。
 そこで先の辞書編集者が言う。辞書というものは各社によって若干意味が違う。解釈に色づけがある。そこで是非、各社共謀(いい意味でね)して言葉の意味の統一を図り、各社ある辞書機能を一つか二つにまとめたいと。
 うーん確かにそうだ。何しろぞろぞろ説明が出てくる。どれを取るかで悩むこともしばしば。直ぐには難しいらしいがこれをきっかけに是非いつかそうなることを期待しよう。
 でも待てよ。そうなると人間の記憶能力は要らないことになる。AIの世界だ。ならば記憶能力を試すような受験問題は意味がない。これからは道具を如何に旨く扱えるかが試験問題になったりするかもしれない。計算能力も同じ。既に試験場に計算機を持ち込んでも良いとする例もある。その伝で行けば、将来、試験場にスマホを持ち込んでも良しとするかもしれない。
 であれば知識の塊のような職業は価値が薄くなる。パソコンが教えてくれるから大学教授は要らない、なんてね。
人類の将来は、ますますお馬鹿さんになるのかと、ちょっと心配だ。

 ああそうそう。城山の花の先駆け。公園脇道の大島桜が咲き始めましたよ。

[PR]

by natsuman | 2017-03-16 14:03 | 教育学習 | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://natsuman.exblog.jp/tb/23980890
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 今の子は幸せ 大統領弾劾 >>