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陛下の思い、我らも共に 4/9 

陛下の思い、我らも共に 4/9 _d0013739_1557672.jpg 両陛下が慰霊のためペリリュー島にお出かけになった。かっての激戦地である。日米共々多くの将兵が戦死した。今も多数の遺骨が残る。
 パラオ・ペリリューは第一次大戦のおり、戦勝国側にまわった日本がかってのドイツの植民地を委任統治領として引き継いだもの。当時の欧州国による植民地政策は殆ど一方的に収奪するばかりで、住民向けの政策など全く顧みられなかった。
 だが日本はパラオに南洋庁を設け、制度、教育、インフラ整備等々、多くの善政を敷いた。高齢者は今も日本語を話すことが出来るし、大統領はプレジデントではなく、そのままダイトウリョウと呼ぶなど、パラオの人々は今も日本に対し深い親しみと憧憬の念を持っている。
 今から70年前、島を奪取しようとする米軍と死守する日本軍とが激しいぶつかり合う。だが日本軍は米軍の圧倒的な兵員と武器、物量の差に圧倒され、果敢に抵抗したものの最後は1万人ものの犠牲者を出して玉砕に等しい結果となる。
 一方米軍もまた日本軍のすさまじい反撃に出会う。予想以上の被害を受けあまりの犠牲者の多さに米軍も驚愕し、以後の上陸作戦に兵員が動揺しないようにとその実情をひた隠しにしたとの逸話が残っている。これが後につづく硫黄島や沖縄上陸戦の激戦の始まりだった。
陛下の思い、我らも共に 4/9 _d0013739_15572852.jpg 陛下は、このペリリュー、サイパン、沖縄の戦い、東京爆撃、そして広島長崎の原爆投下に、格別に思いをされているという。われわれも全く同じだ。ここに戦死した同胞に対し心から慰霊のまことを捧げるのが至当。あらためて思いを致し祈念するにしくはない。合掌!
(画像はnetから拝借)

by natsuman | 2015-04-09 08:45 | 歴史 | Trackback | Comments(0)  

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