あの3月10日 3/10
東京の街並みが木造であることを知ったアメリカは、如何に効率良く大勢の市民を爆撃で殺戮できるかを研究する。砂漠に大がかりな施設を再現して実験し効果的な焼夷弾を開発。その上で計画的な都市爆撃を開始する。
その嚆矢が東京。初めに東京下町周辺に焼夷弾をまき散らし、市民の逃げ場を封じておいて、燃え上がった建物による火炎地獄でもって一挙に殺戮するというとんでもない攻撃を始める。
結果、アメリカとしては大成功。以後この方式で日本全国の町が攻撃されることになる。だが日本にしてみれば一晩でざっと10万人もの被害者が出る。抵抗も出来ない東京市民が一方的に殺戮し尽くされたわけだ。戦争とはいえ悪業非道の仕業に違いはない。
やったのはアメリカ。国際法では無抵抗な一般市民を戦闘の対象にしてはならないとされている。当然明らかな戦争犯罪である。
それを知ってかしらいでかアメリカ空軍のル・メイ少将が立案実行した。当時の日本は敵をさして鬼畜米英といったが、ル・メイ少将こそ正に人の皮をかぶった鬼であった。
戦後、戦勝国はこぞって日本の戦争犯罪を断罪した。が端から無辜の一般市民を狙った空爆が戦争犯罪でなくて一体何だろう。さらにはその後もアメリカの戦争犯罪はエスカレートしてゆく。
かってドイツはゲルニカに、日本も重慶で都市への爆撃をやった。イギリスもアメリカと共にドレスデン爆撃の傷がある。兵士の戦いによる戦争はとうに歴史だ。今の世の戦争は、犠牲になるのは市民である。
毎年書いている。あの3月10日、ボクは母と弟妹3人と共に千葉県東金に疎開していた。三日間、東京の空が真っ赤だった、学童疎開の江東区の子供たち250人が一晩で全員孤児になったと、惨劇を思い起こしては涙して語っていた母を思い出す。
震災や津波は自然現象。それならいつかは忘れもする。諦めもつく。だが人間の行為ではそうはいかない。そうだろう日本人よ。
今の若者は何も知らないが・・・・・・。 (画像はnetから借用しました)
by natsuman | 2015-03-10 09:13 | 歴史 | Trackback | Comments(0)