
この月、2月。とりあえずは節分。豆撒きだ。
どこのお寺だったか、地元新聞に今懸命に豆を煎ってるなんて記事が載っていた。ほう、ちゃんとお寺で手で煎るんだね、と感心した。その道具、焙烙といったな。
飾り物はイワシとヒイラギ。それを戸口に掛ける。どういうわけかこの行事、我が家は欠かしたことがない。
でも春を思わせる飾り物の第一はやはり3月のお雛様だろう。そういえば先日の新年会の会場にも早々と飾られていた。
子供の頃、よくその左大臣や右大臣の刀を抜いてみたり、矢を射てみたり、男もそれなりに遊んだものだった。

我が家のお雛様は、戦前の物資が乏しくなってきた頃のもので、あまり良いものではなかった。何せ妹が開戦の年の生まれだから致し方がない。
しかもそれを後々兄妹が散々にいじくり廻し、その後の保存も悪かったせいか、すっかりボロになってしまっていた。
ボクに娘が出来てから、いろいろと手を加えて修復したが、結局、出番はそう何回もないまま、みなお炊きあげになった。
お雛様を見る度に思う。お内裏様は左右どう飾るのが本当なのか。男雛は向かって右側だったと思うのだが・・・・。

早朝午前6時15分頃。例年真っ先に咲くはずの紅梅がまだこの程度。やっと東の空が明け初めた頃、闇の中に佇んでる。

咲き始めたのはたったの一輪。その下の白梅はちらほら白いものが点じているが咲き始めたというには早い。城山の梅林公園はまだこんなもの。

心なし天守も寒々としている。

新年会にしては少々遅く、昨日ある交遊会の新年会があった。元はご当地へ移住してきた方々と地元の人達の交流の会なのだが、今ではそんなご大層なことは誰も言わない。
当初からすれば人数も大部減った。一方新たに入ってくる方もある。会員になる意義は個々の方々の意識の持ちようで、会を巧く利用する方もあれば、水が合わないというのか抜ける方もあるのは致し方がない。要は出入り自由である。結果ますます精鋭が残るということか。

役員の方々が面白おかしく一年間運営して下さる。その結果、親しくさせていただいているご夫婦も大分増え、会の行事とはまた別なところで交流が盛んになった。
ただ、残念なことは過ぎた年度の役員さんが皆さん入院騒ぎが広がって総崩れになってしまったことだ。何とか元気になった方もあればなお先行きが心配な方も居られる。そこはやはりそういう年齢層なのだと言い聞かせるしかない。

例によって例の如く新年会は地元ホテル。元そこにお勤めだったSさんが親身に世話して下さる。きれいどころの三味線の音をバックに事務局長の踊りも披露され、果ては恒例のひょっとこ踊りまで出て賑やかに楽しく終わった。